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清酒の量産と品質

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酒販免許前夜
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ビールこそが
  「20世紀の日本の酒」


自由度の高さと
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  −乙類焼酎の100年


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  大衆の酒−泡盛の100年


清酒の文明化と文化性
  の再構築


酒論稿集
20世紀の酒文化
ビールこそが「20世紀の日本の酒」
ビールにとっての「生」とは何か
−あと、技術的なことでうかがいたいのは、今、日本ではほとんど全部生ビールになっているんですが、パスツリゼーションを止めたということが、香味に決定的な影響を与えたとは思えないのですが。
橋本 影響はないんですよ。
−イメージですか。
橋本 イメージです。生ビールは英語でドラフトビアー。ドラフトというのはプロ野球のドラフト制、徴兵制のように、卒業したり、20歳になった者をすぐに引っ張り込むということです。造ってすぐのビールをドラフトビアーと言う。いつ造ったかということをはっきりさせるために、樽に入ってるというのが条件なんです。ビールは酸素を吸い、自動的に酸化されて刻々と劣化する。60度で熱殺菌すればその間は酸化は促進されるが、時間は5分か10分に過ぎない。それより、室温で二、三日置いておいたほうがはるかに傷む。
−積算温度で言ったら……。
橋本 同じことです。
−「生」という言葉の呪縛ですね。
橋本 日本人は何でも「生」が好きで、生演奏、ライブ、刺身と言う。外国では、樽に詰める前にパスツリゼーションしてもよい。パスツリゼーションしても樽に詰めてすぐに売ればドラフトビールなんです。
こうして、新鮮な生ビールを売るということになると、酸化防止醸造技術が重要になる。僕もスーパーに行って見るんだけれど、工場からは四日で出荷したかもしれないが買う時にはひと月くらいはたってる。それでも新鮮な状態を保つにはこの方法しかない。

ビールの味は合議制で決まる
−ビールは健全でものすごく明るいイメージですね。他の酒は退廃的だったり不健全だったりする印象をまとってますけれど、ビールは深酒して悪酔いしてというイメージはありません。
橋本 アルコール含有量が5%と低いとか、ビールを飲んでたら心臓病になりにくいとか医学的な調査もある。ボリュームもあるから酔っ払うほど飲むのはたいへんだとか、いろいろありますが。誰でも買える。どこでも飲める。家族と一緒に飲める。友だちとワイワイいって飲める。健康にも悪くない。
−飲み屋に行っても、いちばん安心して頼めるというのが飲み手の気分としてはあります。ビンビールを頼んで、変なものは出てこない(笑)。
橋本 工業製品だからね。本来、ビールはそういうものだと言う人もあるけれど、そのなかでも安定した味と品質を保つように業界として努力してきた。
−橋本さんが作られた、ビールの香味地図に私は関心があるのですが、これはピルセンタイプだけをカバーするものですか?
橋本 モノカルチャーの時代に作ったものだから、ピルセンタイプを対象にしているが、アルトでもバイツェンでもこれを適用してできないことはない。多少モディファイは必要かもしれないが。
−確立されたのはいつ頃ですか?
橋本 これは、ずいぶん前で昭和50年頃かな。ビールをきき酒する用語というのがあるんです。人間は言語によってしか表現することができないから、その表現用語を集めたらビールの味が解析できるのではないかということで研究を始めた。そういうふうに整備していかなければ味の世界はテクノロジーにならない。僕たちがいちばん早かったと思う。きき酒の技術、それを官能検査と言うんだけれど、ビール業界は官能検査を取り入れたのが世界的にも早い。
−この香味地図がなかったら、ビールの多品種化はできなかったと言ってもいいんじゃないでしょうか。ところでビールメーカーがこの商品、この味でいこうという最終決定は、どうやってどなたが出すんですか? 官能検査の定量データで?
橋本 それはいろんな手だてを使いますよ。確実にヒットさせる商品開発、ヒットさせる情報というのはないから、使えるものは全部使います。原料選び、酵母選びから始まって、どういう商品を造ろうというコンセプト。市場分析。それらを元に、こういうターゲットに出したら売れるのではないか、ということが決まる。
それを原料とか酵母とかに引き直して、シミュレーションして試験醸造する。その後、エンジニアが飲んで、営業の人にも飲んでもらって、場合によってはモニターに飲んでもらったり。
−ビールメーカーで最終の味の決定者というのは、どなたですか?
橋本 いません。ビール自体を造ったり、だいたいこれでよろしいのではというところまでは技術者の判断だけど、最終的な判断は合議制です。複数判定にするために試飲のパネルがありまして、10人とか20人とかで採点をして集計をする。
これでよいといったものが売れなかった時は、試し飲みの結果を数値化し、コンピュータに収めて分析し、どうも原因はここではないか、少し修正しましょうとかできる。それが技術です。

21世紀 ビールの未来は
−ビールがここまで伸びたひとつの要因は、そういう努力を実はしていながら、味についてとか難しいことを語りかけなかったということがあるのではないでしょうか。マニアックな方向に行かずに、大衆に入っていった。
橋本 ビール会社は保守的な産業ですから、あまり理屈は……。いみじくもおっしゃったけれど、マニアックな世界にはまらなかったということがよかった。キリンビールも「ビールのある豊かな暮らし」を目標にしていて、おいしくて、グルメでなんてことは言ってない。一貫して言ってたのは「ビールのある明るい生活に貢献する」というので、キリンビールのカンパニーポリシーでもある。
それでは21世紀はどうなるか。この頃、20歳くらいの人のビールの飲用率が落ちてるんですって?
−はい、わずかですがそういう傾向はあります。
橋本 ビールをたくさん飲んでるのは、かつては30歳くらいだったのが、今は50歳の中高年です。今のIT革命。携帯電話、パソコン、インターネット。この頃の若い女の子は電車に乗ったら携帯で電話する。よくあんなに電話をかけるところがあるなと思うけれど(笑)。それで家に帰って何をしてるかというと、みんなインターネットをやってる。
お酒の機能のひとつは、コミュニケーション・ツールとしての働きです。貧しい時代は酔いによって一日の疲れを忘れるとか、苦しさをまぎらわすということはあったでしょうが、今はそういう時代ではない。
そうすると、お酒には、飲んで楽しむ、楽しく話をする、コミュニケーションをするためのツールとしての役割が大きい。それがIT革命がどんどん進むと、酒にとっても、ビールにとっても由々しいことになる。飲みに行こうと言ってもだれもついて来ない。帰ってパソコンしてるほうが楽しいんだと。
−そうした楽しみには、酒を飲むことが障害になりますからね。
橋本 ビールを飲まなくてもけっこう楽しいんだ。そうすると、21世紀のビール産業はいかにあるべきかということになってくる。課題はあります。生産性を上げるとか、設備を合理化するとかね。しかし、社会の動きにもっともっと敏感になることでしょう。
−たいへん興味深いお話を、長時間どうもありがとうございました。

2000年2月15日・於キリンビール本社
きき手/山田聡昭(酒文化研究所)

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