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過去記事一覧

清酒の量産と品質

近代酒類流通の
  源流をたどる


京都老舗酒販店の
  明治・大正・昭和


東京下町の小売酒屋
 激動の昭和史


酒販免許前夜
 浪速の酒屋


食の洋風化と
  ワインの和風化


20世紀を象徴する酒
 甲類焼酎


ウイスキーの日本化は
  いかに進められたか


ビールこそが
  「20世紀の日本の酒」


自由度の高さと
  風土性の豊かさ
  −乙類焼酎の100年


宮廷の酒・国家の酒・
  大衆の酒−泡盛の100年


清酒の文明化と文化性
  の再構築


酒論稿集
20世紀の酒文化
免許制度以前の大阪小売酒屋
昭和はじめのおたふく酒
−日本では、明治の終わり頃、どぶ酒(どぶろく)がご法度になりましたでしょう?
糀矢  いえ、あったんですよ。家庭で造るのがご法度になったんで、酒屋にはあったんです。おたふく酒といってね。おたふくの看板が付いたるから。
−それは、どこから仕入れる?
糀矢  専門に出してる酒屋がある。どぶをね。
−それも売ったんですか?
糀矢  売りましたよ。その時分は濁酒が好きな人がおったから。終戦後のあんなんと違いまっせ。酸っぱいことはない。終戦後に造ったのは酸っぱいでしょう。公然と税金払ろてね、あったんですよ、昔は。
−どぶ酒の容器は?
糀矢  四斗樽。吹かないように穴が空いてます。詰め口のところにガス抜きが。
−それを、通い徳利か何かで、みな持ってきては買っていったんですか?
糀矢  そんなんは特殊な人しか飲まない。だから置いてないうちが多いです。別注です。
−特殊なというのは、お金のない人が飲んでたということですか?
糀矢  まあそうです。しかし、あの味が好きな人はあるでしょう。いまでもあの白酒飲んでるでしょう。あんなキレイなんやないんですよ。麹の粒が残ってるような……。
−どぶ酒と清酒の値段はどのくらい違ってました? 倍以上?
糀矢  いろいろです、高いのも安いのもありました。
−清酒の高い酒はどういう酒で?
糀矢  高いのはね、灘では松竹梅で一升5円。白鷹は3円台でした。わたしらの時分は一升1円が最低で、それより安かったら割った水が多い。値段に合わせて割りますねん。そやけど、これやったら15〜6度あるような酒で瓶詰めするのやったら、1円以上出さんと。
−焼酎もありましたか?
糀矢  焼酎は壺で一斗壺を置いて量り売り。いまの鹿児島あたりにある壺じゃなしに、焼酎の壺といったら、ミリンと同じ壺。
−ところで、樽で酒を買ったところの支払いのサイトはどのくらいでした。盆暮れの二回だけだったいう話を聞きますが(笑)。
糀矢  それは、桶一本買うたら何ぼと手付けを渡しておくところもあるし、勘定遅いとこもあるけれどね、信用の関係ですな。

30石売らなければ免許せず
−小売酒屋の免許制を成立させる運動は、大阪から始まったと聞いておりますが?
糀矢  大阪の、昔からしとったもんは酒業組合から貰ったんですけれど。免許がいるようになったんは、戦争になってからでしょ、新しく店を出す人は税務署から貰いました。
−昭和12年に法律が変わって。
糀矢  そんなもんでっしゃろな。私らは始めからこういう許可があるからね。その苦労はなかったけれどね。なんせ免許の整理があったんです。誰も彼も酒を売っとったんではというて戦争中に整理がありました。年間30石の酒をよう売らん店は止めるように。私らも聞きに行きました。「コップ酒屋(飲食店のこと)になるのか酒屋になるのか、どっちになるねん? 酒屋になるのやったら30石以上の販売力なかったら許可が下りへんで」と。「30石以上にしたい」と言うたら、よその止める人の実績を買いますねん。50石も60石も売ってる飲食店みたいなところが酒屋になると言うたら、60石なら60石の免許をやらないかんのです。
30石で切ったんですわ、大阪は。だいぶん斡旋しました。止めさせた。それでこのあたりも30何軒あったのが10軒ほどになりました。
−売る上限も決めたということですか?
糀矢  上は腕次第で自由。下だけ決めた。整理するのに、売ってた量に応じて多すぎた分を譲ってもらう。でも酒屋の多いところでは、その売買できませんねん。酒屋の少ないとこへ行って、それをさすんですわ。そやから大阪の郡部のほうはそんなんで「気の毒やけどあんたは郡部へ行って酒屋をしてくれ」と。だいぶん、あっち行きこっち行きしました。かえって向こうへ行って成功して大きなって、礼を言う人もあるしね。
−その調整役はどういう経緯でお引き受けになったんですか?
糀矢  各区内に役員がおりますねん、酒屋どうし寄って……。その役員が調整役をしました。
−そうとう厳しい仕事でしたでしょうね。
糀矢  けどね、関東炊きのコップ酒しとった人が酒屋をしたいといったら実績ないさかいにね、「頼むわ」と来たら「おまえどこでもええのか?」「ええ」「郡部のほうへ行ってしたら」とかね。そして行って、わしとこよりもよう売れるようになってまんがな。むこうへ行ったら新規に家が、なんぼでも建っていきますやろ。


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