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第1回 ハッピーを大きくしたプレミアムビール
狩野卓也


第2回 変わりゆく饗宴外交
西川恵


第3回 かかりつけの名医のみつけ方
松井宏夫


第4回 日本の赤ワインの礎「マスカット・ベーリーA」
坂田 敏


第5回 週末はいつもアウトドア
廣川健太郎


第6回 不可能の壁を超える実践優位のマーケティング
石井淳蔵


第7回 ブレンダーという仕事
輿水精一


第8回 過去の体験が濾過されて曲になる
村井秀清


第9回 グラスはつくり手と飲み手をつなぐ
庄司大輔

第10回 落語を世界へ 英語で伝える日本の話芸
立川志の春


第11回 和食は「ご飯がたべたい」料理の文化
阿古真理


第12回 若者のための酒場歩きガイド
橋本健二


第13回 画像で気持ちが伝わる ネット口コミが市場を動かす
徳力基彦


第14回 創業60周年 復活した十三トリスバー
江川栄治


第15回 カクテルバーのコミュニティ
豊川紗佳


第16回 次に目指すは日本のバー文化の底上げ
坪倉健児


第17回 カクテルアワード受賞経験を倉敷で活かす
松下知寛

第18回 地域でつくるオペラアカデミー「農楽塾」
中嶋彰子

第19回 「消費されるワインの最高峰」を目指して
椎名敬

酒論稿集
酒器論稿
不可能の壁を超える実践優位のマーケティング
■成功事例には多くの偶有性が伴う
石井 シューズの話は、観察者が変われば発見するものが変わるという典型的な例です。この少年のことは、24時間そばに付いている母親が一番詳しいわけです。しかし、母親は子供がシューズを履きたいと思っているとは夢にも思わなかったわけです。一方で、シューズの価値や機能を知り尽くしたプロである社長がそこに加わると、また違った知見が生まれる。この発見を引き出す力がインサイトです。
 マーケティングは、当事者の気持ちや関係によって、姿を変えていきます。マーケターは日夜さまざまなマーケティング課題の解決に取り組んでいますが、成功したマーケティングは後からみれば奇跡のようなタラレバ話がたくさんあるものです。どこかひとつでも違う判断があったり、出会いがなかっただけで、結果が違ってしまう。あとがきで書いた隠岐島海士町の活性化などはまさに奇跡の連続です。

―― 隠岐島の海士町というと本土から高校留学生を募って成功したとテレビで見たことがあります。
石井 2000年に入った頃、人口が最盛期の4割にまで減少して、町の年間予算が40億円程度なのに借金が100億円を超える惨憺たる状況でした。良質の海産物が獲れるのですが、本土から数十キロ離れているので、最寄の境港市場に持ち込んでも鮮度が落ち、買いたたかれてしまいます。
 また、高校を卒業した若者は、進学や就職などで流出していきますから人口減に歯止めがかかりません。島の活性化には、このような克服できそうにない現実の高い壁がありました。しかし、10年後の現在は島の高校生は半分が都会からの留学生で賑わい、IターンやUターンで、島にやってくる大学生や社会人も増えています。島には最新式の冷凍庫が建設され、漁師が獲った魚は直ちに冷凍されて、上海やドバイにまで輸出されて好調です。また大学や会社に向けて教育研修事業が立ち上がり、研修教育が島の事業として成立しています。10年前には八方ふさがりに見えた町に、山内道雄さんが町長となりリーダーシップを発揮するようになってから潮目が変わったのです。冷凍工場への数億円の投資が認められたこと、Iターン制度の導入で教育産業が盛り上がってきたこと、同じくIターンできた人が養殖に取り組んだことなど、いろいろな出来事が起こりました。それこそ、あの時あのことがうまくいかなかったら今の海士町はないかもしれない、と思わせます。そうした出来事がいくつも重なって、その動きは大きな渦になりました。
 そうなると興味を持ったさまざまな人が島外から訪れ、新しい動きがさらに誕生し、好循環が生まれるわけです。過疎の離島が活性化したという稀な事例ですが、理論的には不可能に見えることを実践により乗り越え、現実の壁を克服するという、プラグマティストのメッセージそのもののケースです。

■コミュニケーションの意味を決めるのは受け手
―― 過疎の離島の活性化というのは、とても珍しいお話ですね、マーケティングに取り組む人にとってもっと身近な話題もありますか。
石井 中で取り上げたコミュニケーションの話は、普段の生活にも参考になるかもしれませんね。マーケティングの要素であるコミュニケーションは、情報の発信者と受信者がそれぞれ正しく理解しあって成立するものと考えられていますが、現実はそうでないことが多いのです。例にあげたのは、出かける計画のあった朝の夫婦の会話です。
 窓の外を見たお父さんが何気なく「雨が降ってきたようだね」と言います。このとき、お父さんの発言には特別な意図はなにもなく、ただ目に入ったことを口にしただけだとします。これに対して、お母さんは言葉に出して確認するまでもなく、お父さんは雨なので出かけるのがいやなのかと想像して「行くの、やめましょうか」返します。すると今度は、お父さんがお母さんは雨降りなので出かけたくないのかと判断して、「そうしようか」と答えます。本心は二人とも出かけたかったのに、互いに相手の意図を想像し合うなかで、二人にとっては思いもしなかった現実が生まれてきます。
 メッセージの意味を決めるのは、発信者ではなく受け手なのです。意図通りに現実が生まれるわけではなく、このような誤解や正解が入り混じって、現実のコミュニケーションが進みます。
 もちろん最初のときにお母さんが「出かけたくないのならはっきりとそう言いなさいよ」と返事をするかもしれません。そうなるとお父さんも「そんなことはない。じゃあ出かけよう」と答えるかもしれません。その結果二人は予定通りに出かけられますが、決して楽しいものにはならないでしょう。
 最初のは、互いに思いやる人格をもった二人です。後のは、互いにぎすぎすした人格をもった夫婦です。同じ人間でもコミュニケーションを通じて、違った性格の人になります。プラグマティズムという考え方は、そうした現実のもつ動態性に着目するのです。

―― 最後に、商品開発を手掛ける人に何かヒントをいただけますか。
石井 コミュニケーションの話そのままですが、意味は受け手が決めるという側面です。当初の想像が及ばないような現実が、企業と生活者のあいだのコミュニケーションのやり取りのなかで生まれてくることがあります。そうしたダイナミックな現実の動きに、機敏に応えていくことが大事です。
 試してみる、それが波及する現実の結果を慎重に見てみる。目論見が外れた意外な結果が起こっていれば、それは幸いなことなのです。イノベーションは、そうした目論見を外れたところから生まれます。
 加護野忠男先生(甲南大学特別客員教授)に聞きましたが、1本2万円もする茶飲料や1本30万円を超える清酒があります。それを市場に出してもまず売れないでしょう。しかし、それを買うお客さんがいるのです。どんなお客さんか想像できますか。そんな高額な商品を市場に出したメーカーさえ想像できなかったと思います。マーケティングにおけるイノベーションは、こんなところから起こってくるのだと思います。
―― 本日はどうもありがとうございました。


2014年6月12日 於 流通科学大学東京サテライトキャンパス・聞き手 狩野卓也)
石井淳蔵(いしい じゅんぞう)
流通科学大学学長・商学部教授。日本マーケティング学会会長。神戸大学経営学研究科博士課程修了、同志社大教授・神戸大学大学院教授を経て現職。主要著書に『マーケテイングの神話』(岩波現代新書)、『ブランド 価値の創造』(岩波新書)、『ビジネスインサイト』(岩波新書)、『寄り添う力』(碩学舎)などがある。

流通科学大学学長 石井淳蔵のページ

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