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西暦 元号 酒類・一般 信州 秋田 伏見
1702 〃15 享保の改革

全国の酒造米高調査、寒造りのほか新酒醸造を一切停止
国々在々家業外酒造者以後一切禁止さる    
1709 宝永6   運上金制度に反対多く、密造横行せるため課税廃止となる    
1714 正徳4 酒株譲渡手続制定 酒株譲与は代官の直接許可となる    
1715 〃5 減醸令、酒造高元禄10年の三分の一 佐久の酒屋勘次郎「寒造り以外、新酒は一切造らず候」の届けを出す   酒造株数49、元株数8,303石となる
1726 〃11〜14 この頃、灘酒造家が下り酒名醸地のなかに加わる   休止酒屋84軒を含めて酒造家833軒。焼印の「酒屋家府札」を交付  
1754 宝暦4 米価下落を防止するため勝手造り令が出される。休造者の再開及び新規酒造を許す。このころより灘酒が台頭し始める   酒造高を定数まで自由とする  
1764 明和元   「松本酒」を初め上小地方からも上州に出て行く酒多きため馬力の駄賃公定す    
1768 〃5   運上金の名を『冥加金』とかえて再び課税始まる。高井水内にわたる農民ら、悪米は酒屋に買ってもらって生計を立つ    
1769 〃6     奉行の下に「酒米調方」を設置、酒株一株につ銀6匁の酒税を課す  
1780 安永9       酒冥加の制が敷かれ伏見造酒屋仲間に冥加金の上納が命ぜられる
1782 天明2     隠し酒造り防止のため酒屋以外の室札を引き上げる  
1783 〃3 天明の大飢饉、浅間山噴火                減醸令   凶作により酒造禁止 酒造株数28、酒元株米高6,165石、造米高6,671石となる。伏見酒は、大坂表から船積により江戸などに振分けていた
1786 〃6   木曽福島代官所、他領地製酒を谷中に持ち込んで売ることを禁ず 凶作のため幕府は酒造米を二分の一とす。酒価卸触値段が定められる  
1787 〃7 寛政の改革   引きつづき酒造米を三分の一とす 酒造制限令により造米高2,292石となる
1788 〃8 密造厳禁を布告     京都両町奉行所が、洛中酒保護のため他所酒の移入を禁止、京都、伏見の酒造業者多数請酒屋に転業
1789 寛政元 天明8年の申告高を永々株とし分株譲渡を禁止

伊丹酒造家、過造のため処罰を受ける
松代城下の菊屋伝兵衛初めて『菊酒』の銘柄を付けて売出し、信州における銘柄始まる    
1792 〃4 灘目の無冥加金株に冥加金賦課   酒造米千石につき銀129匁の冥加金を課す  
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