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西暦 元号 酒類・一般 信州 秋田 伏見
1802 享和2 幕府。出水による米価騰貴を理由に酒醸高半減を布告   城下町久保田で入酒、引酒が禁止される  
1806 文化3 米価下落につき勝手造り令 無株にても酒造勝手の布令出され、松本領内の在方に一挙に23軒、佐久に33軒、高井地方に23軒など酒屋急増す    
1807 〃4     「酒造方御試所」が設置され、那波三郎右衛門に命じ、他所出所のため試醸を行わせる  
1810 〃7 酒値暴落。灘・伊丹で酒造仲間の自主規制 松城城内に揚酒屋(小売)288人、振売50人あり、全信州には3,000人くらいいたと推定さる 那波三郎右衛門、酒造御試所方を免ぜられ試醸中止となる  
1813 〃10 勝手造り令廃止      
1829 〃12   「亀藤」の暦付き絵入りチラシ広告   造酒屋仲間の嘆願により、伏見奉行が京都、大津、江州よりの入込酒を差止める
1832 天保3       造酒株数27、元株高7,1977石となる
1833 〃4 天保の大飢饉   凶作により酒造禁止  
1837 〃8 西宮で宮水を発見      
1838 〃9       伏見の請酒屋(酒の流通業者)が137軒となる
1841 〃12 天保の改革。菱垣廻船問屋はじめ各組合解散令。株仲間廃止 高井地方の酒造仲間21人は「議定書」をつくり濫造濫売の自粛を申し合わせる    
1842 〃13   高井郡小布施地方に、農業をかえりみず揚酒屋を開くもの甚だ多く、商売の失敗者相次ぐのを見て領主「商人を真似てみても農民は結局倒産するのみ」と厳重警告を発す    
1847 弘化4   松代城下の八田喜兵衛初めて関西から杜氏を招き本場並みの酒造りを工夫す。    
1848 嘉永元   各地の酒屋「自分の米以外、よそから米を買ってまでは酒造りをしない」との届を出して不作の年には休造するものも多し 嘉永〜慶応年間にかけ県内での酒造家創業相次ぐ(10社)  
1851 〃4 株仲間再興令。十組問屋など再興      
1856 安政3   松代領内の揚酒屋が他領製の酒を仕入れて売ったため、藩役所が怒って一悶着起こる    
1857 〃4       造酒屋休株を借り受けて小売をする者が増加、請酒屋仲間がその停止を奉行所に訴える
1860 万延元 諸国酒造銘々鑑札高の半高造り布令     造酒株数28、造米高3,654石となる
1864 元治元 下り酒問屋に鑑札交付      
1868 慶応4
(明治元)
明治と改元

酒造規則五カ条を定め、一時冥加金を微収(酒造税に関する最初の規定)
戊辰役の戦禍と凶作が重なり信州は酒造禁止さる   鳥羽伏見の戦いで伏見酒造家の大半が被害を受ける。にもかかわらず翌年、伊丹の造酒株高2,486石余を譲り受ける
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