時代や文化とリンクしたお酒に関する旬の情報サイト
酒文化研究所ホームページ
会社概要酒文化の会メールマガジンContact UsTOP
イベント情報酒と文化コラム酒文研おすすめのお店酒文化論稿集酒飲みのミカタ特ダネ
海外の酒めぐり日本各地の酒文化見学できる工場・ミュージアム酒のデータボックスアジア酒街道を行くリンク集

 
<論稿集トップへ

「天の美禄」を止めますか?

大人の文化と酒の飲み方

ワンカップはどう生まれ、どこへ行くのか?

「酒を混ぜる文化」考

諏訪杜氏の特質と「出稼ぎ」労働力輩出の背景

日本の蒸留酒の未来(上)

日本の蒸留酒の未来(下)

酒を交ぜる 酒を寝かす

大地の精霊とワイン

文明化の一極として
  ある文化の酒


「乾杯」越境した酒作法
酒論稿集
酒の文化論
酒を交ぜる 酒を寝かす
3.ブレンダーに求められる能力
 以上でおわかりいただけたと思うが、ブレンダーの仕事は非常に多岐にわたる。ブレンドの始祖、アンドリュー・アッシャーから事 業を受け継いだ息子のロバートは「ブレンディングはそれ自体で立派なビジネスだ。細心の注意、研ぎ澄まされた味覚と嗅覚、素材と なる多種多様なウイスキー原酒に関する膨大な知識、それに付け加えるなら、大きな投下資本が要求される」と言っている。組織が大 きくなり、社内の分業が進んだ今では、ブレンダーの役割はこのロバートの言葉の意味するブレンド会社の「経営者ブレンダー」の役 割よりやや狭くなり、専門化しているが、事業ミッションへの基本的な理解は同じように求められる。ブレンダーに求められる能力、 資質は次のようにまとめられると考えている。
(a)味わいのデザイナーとしての能力
 個々の原酒の特性の把握以上にブレンドの中でどのような働きをさせるかの使用上のソフトなノウハウが求められる。丁度芝居の舞 台監督が個々の役者の上手下手だけでなく、その個性を捉えどういった役回りに使うとその俳優が生きてくるか、また芝居全体がよく なるか、を考えるのに似ている。
 次に、つくろうとするブレンデッドウイスキーに関して豊かなイメージが湧くことが必要である。これには音楽、美術、小説、建築 等の芸術作品、自然や何気ない街の様子等、心に残っているものが役立つ。
 どういった配合をすればどのような香味が出せるか、といった配合の基本スキルは勿論欠かせない。試作品やでき上がったウイスキ ーを客観的に評価できることも要求され、しかも他の人に伝達できるよう言葉で表現できることも必要である。
 香味の世界に生きるブレンダーにとってテースティング能力は基本である。人並み以上の繊細な味覚嗅覚、鋭いだけでなく安定した 再現性、多様な香味を判別し、言葉で普遍的な意味にできる表現力が要る。これらは、相当なトレーニングと日常生活の中で気を付け て蓄積していくことで達成できる。
 この点に関して、最近気になっていることは、我々の日常生活の中から、いろいろな匂いが少なくなったことである。匂いの源泉で ある自然、畑、動物が周りから無くなった。野菜も、昔の人参、トマト、ほうれん草等の強い風味は今は無く、焚き火の匂いも無い。 無臭ブームとかで臭いやつも居ず、あるのは単調な人工の芳香材だけで、人の嗅覚、味覚は退化するのではないか、と心配される。
(b)マネージメント力
 相当したたかな計算能力と、原価や企業会計に関する知識が必要である。また不確実な遠い将来に対して意志決定をおこなうことに なるし、ほとんどの要素は相互に背反するものが多い。この点は、他の事業でも同じと思われるかも知れないが、ウイスキー事業の特 性はその抱えるべき在庫の多さであり、外れた場合の影響が極めて大きいということと、修復に何年もの時間がかかるという点にある。 市場などの環境要因変化を考慮しつつどういった打ち手が最も妥当か、まだ答えを見出してはいない状況にある。

4.これから
 大変化と混迷の時代と言われる。国内を見ても一〇年後(これはウイスキービジネスにとって他の多くの仕事の一年に当たる)を考 えても基本となる人口要因は大変化するし、政治、経済、人々の生活、価値観、ライフスタイルも大きく変わっているに違いない。相 当に考えてみても、最後は「何となくそんな気がする」と「やって見たい」に帰結するのではないだろうか。一九二三年に、そのころ市場も無かった日本で最初の蒸留所を山崎に 建てた鳥井信次郎に将来の姿が見えていた訳ではないだろう。「まあ何となくそんな気がする」と、何より「夢」が彼を突き動かし、 大きなリスクテイクに駆り立てたに違いない。
 プロローグでアッシャー氏の話をした。言ってみれば、単にウイスキーを混ぜ合せるだけのブレンドだが、その社会的、産業的なイ ンパクトは強烈だった。アッシャー氏がブレンドを開発した時の時代背景は、世界で初の産業革命を成し遂げた英国が一八三七年から ビクトリア女王の治世に入り、世界最強国として発展している時代だった。かつての旧王国(イングランド、スコットランド、ウェー ルズ、アイルランド)の葛藤の感情は依然として強かったが、大英帝国としての一体感が醸成され、従来スコットランドだけの地場産 業だったウイスキーも、はるかに大きな市場のイングランドへのアクセスが可能になった。
 産業構造も大きく変化しており、工業化社会へと転換が進んでいた。管理や事務、自営業等の「Sedentary (座ったままでするそれ程 体を使わない)」職業が増えた。これらの新市場では、より軽快な味わいのブレンデッドウイスキーへのニーズがあった。技術による ウイスキーの革新、連続蒸留法の発明は、今まで無かった「新素材」であるグレーンウイスキーを創り出した。ウイスキーは樽に入れ ておくと熟成して美味しくなることも周知されていった。スコットランドでの密造対策としてことのほか厳しかった法律は、一八六〇 年には保税庫の中でのブレンドを認める等、より合理的なものに改正された。
 アッシャー氏はこのような時代背景の中でブレンデッドウイスキーの可能性を見た。どんな技術もそれを時代の中で活かす知恵と挑 戦心なしには無いに等しい。今回の酒税法の改正で、「ウイスキーが元気になった」と言われるが、これも時代変化の一つに過ぎない。 これからの激動の中でどのような仕事ができるか、この拙稿を書きながら改めて考えた次第である。

参考文献
1、Ross Wilson
『Scotch-Formative Years』
Constable London. 1970
2、Michael Brander
『The Original Scotch』
Hutchienson London. 1970
3、H. Charles Craig
『The Scotch WhiskyIndutry Record』
Index Publishing Limited 1994
4、Graham Nown
『The Scotch. The Story ofBallanntine17 yeas Old』
Toppan Printing Tokyo
5、杉森久英『美酒一代鳥井信次郎伝』
毎日新聞社昭和四一年
月刊酒文化 1999年 4月

<<前頁へ      次頁へ>>