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文明化の一極としてある文化の酒
酒の大衆化を促した情報化
 さて、酒の文明化はその生産システムが工業化することによって進展してきたと、二〇世紀を振り返って述べたが、文明化の道すじはそれだけではない。工業化に代る要件とし て情報化がある。二〇世紀の第四・四半期は、情報化社会の基盤が飛躍的に充実した時代であった。そのことが、酒の文明化のシナリオにもまた大きな変化をもたらした。
 だがその前に、そもそも酒が文明化するというのは、いかなることか。まず、そこから再確認しておきたい。それは、ピルスナーに代表されるラガー・ビールや、ブレンデッ ド・スコッチを想起すれば容易に理解されるであろう。本来、ある地域の文化としてあった酒が、異文化の中へ拡散して、広範囲に普遍的な存在となることである。
 それを具体的にいえば、酒の文明化は、低温醗酵や連続蒸留の技術が、酒造業を装置産業化して、大量生産を実現したところから始まった。この成功は、すでに都市というマ ス・マーケットが異文化圏にも成立していたことと強く結びついているが、その一方、大量生産がただ単に工業化の結果であるだけではなく、情報手段となったことを指摘してお かねばならない。
 マス・マーケットにおいて、大衆の消費を喚起するには、「情報」という刺激が必要である。情報媒体がとぼしく、容易に利用できなかった時代、その刺激は、誰の目にも映る 商品の露出によって果された。量産は、商品そのものを媒体とする情報化に有利な手段であった。
 この流れは今日の販促活動にも受け継がれている。酒販店の店頭大量陳列がそれである。かつて、カリフォルニアのガロ社が数量で世界一のワイン会社に登りつめるまで、ジャ グ・ワインの販売戦略は店頭において最大の露出効果をねらう位置どりにあったと聞く。
 こうした手法が有効であった時代、大多数の飲み手にとって必要な情報は、自分にとって満足の得られる商品のブランドは何か、それを知ることであった。このことは、均質大 量の製品をコンスタントに供給しようとする工業化の思想と合致していた。
 けれども、それは同時に原料に由来する風土性を切り捨てることであった。ビールはそれを明快にやってのけ、いくつかの世界的ブランドを結実させた。それは、後に述べるよ うに、飲み手が酒としての属性をビールに求めなくなったことの反映でもある。だが、ウイスキーや清酒では事情が異なる。飲み手が、飲むたのしみとして、ブランドの 向こうに広がっているはずの風景に興味を抱いたとき、語るべきものを工業化によってほとんど失っていることに、つくり手はようやく気がついた。
 それでも、清酒の純米大吟醸に、ワインのロマネ・コンティのイメージを重ねて語ることを、まだ咎める人はいないだろう。どちらも至高の酒とオーバーに形容されたりしてい るからだ。
 だが、両者の間に本質的な相違があることを見逃してはならない。純米大吟醸には、原料が米、米麹、水。しかも精米歩合五〇%以下の白米で吟醸仕込みをした清酒であるとい うこと以外、語るべき格段の情報はない。場合によっては、酒造米の品種、産地、実際の精米歩合、杜氏の氏名などがラベルに記載されていることはある。しかし、それが酒を味 わう上で、どれだけ役に立つ情報であるか、実はわからない。なぜなら、品種、産地などを知らされても、酒質との関連についてデータ・ベースを持たない飲み手には判断の仕様 がないからだ。
 ロマネ・コンティはどうか。これは、このワインの原料となるブドウを収穫する畑そのものの名前である。それが特定されていることによって、ワインのすべてが語り盡されて いる。どうして、そう断言できるのか。ワインづくりはブドウに内在するポテンシャルを引き出すことであって、人為によってワインを製造するのではないからだ。畑を明示する ことは、そのワインの独自性を保証する。ここには工業化の思想が入りこむ余地はない。年産わずか六〇〇〇本のロマネ・コンティを凡百のワインと一緒に均質化してしまう愚を、 誰が犯すだろうか。
 しかし、たった六〇〇〇本のワインから、全世界の注目を集めるほど強力な情報が発信できたのはなぜか。考えてみれば、このワインを飲む機会など、まず無いに等しい。つま り、マス・マーケットに情報を発信する必要など、ロマネ・コンティの側にはないのである。もともと、畑が限定された銘醸ワインは、大衆とは無縁の上流社会に、贅沢な飲みもの として流通していた。産業革命以後、そこへ新興成金が割り込んでくる。そして、スノッブが登場した。世間一般に高級ワインの名が知られるのはこの時からである。
 当時、スノッブが訳知り顔に講釈する振舞いは、それがそのまま情報媒体として作用したと思われる。しかもそれは増幅装置でもあった。ロマネ・コンティが、その味わいの玄 妙さに加えて、わずか六〇〇〇本、幻のワインであることが高度の情報価値となって、世界に発信されたのであった。これは飲むためにワインを選ぶとき必要な情報とは別のもの である。しかし、「幻のワイン」の存在はワイン・ジャーナリズムが発達する以前、すでに情報化の最先端を占めていた。そして、いまやロマネ・コンティは、その知名度におい て世界の全市場に浸透した。これもまた、文明化のひとつの形態としてよいであろう。
 こうして見てくると、二〇世紀の第四・四半期は、それまでの酒の文明化が工業化と国際化を両輪として進んだ車から、商品の情報化と商圏の国際化を両輪とする車に乗り換え た、そういう時期であったのだと思いあたる。

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