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自ら秩序を作る共和政
 それでは、何故「大人の場所に若者が来ないか」の理由をより深く考察してみよう。
 それは、「共和政」という観念に関連する「秩序の作り方」に由来するのではないかと思う。
 日本では、「共和政」(Republique(仏語)、Republic(英語))という言葉は馴染みが薄い言葉である。現在のフランスの正式な国名は、フランス共和国(La Republique Francaise)である。革命を経て、人民が主人公の「共和国」という意識、つまり、あくまでも1人1人の人々が国の主人公であって、自分たちが秩序を作り、秩序を守っていくという意識を皆が現在でも共有しているのである。従って、バスや列車の中で、あるグループが大声でしゃべっていてうるさいと、必ず誰かが「うるさいから静かにしろ」と注意する。その時に、注意された人が「お前に関係ない。黙っていろ」などと反論すると、今度は周りの人たちも参加して、大勢の人が、「うるさいのはお前たちだから黙るのは当たり前だ」と注意した人に加勢する。若者が座席を占領したりしていると、高齢のお婆さんが入ってきて席を自発的に譲らないのを見ると、彼女自身が「年寄りの私には座る権利があるから、そこをどいて座らせて」と堂々と主張することがよくある。周囲の人々も直ちに加勢して、「早く年寄りを座らせてあげろ」と態度で示す。その雰囲気に圧倒されて、若者はしぶしぶでも席を譲らぜるを得なくなる。
 それとは対照的に、日本では、若者が優先席を独り占めにしていても、列車や階段の通路に他人の迷惑も考えずに座り込んでいても、また若い女性に痴漢行為まがいの嫌がらせや狼藉を働く者がいても、「変に関わって、怪我でもさせられたら大変」と、見ても見ぬフリをして注意せず、「知らぬ仏」を決め込んでいることが多い。注意する勇気がある人もいるが、少数である。正義感が強い人でも、精々、駅員か警察官に事態を告げて助けを求めるのが関の山だろう。秩序は警官や鉄道公安官が守るもので、自分たちには関係ないと考えている人がきわめて多い。歴史的に言っても、いつも「お上」が秩序を作り、下々の「庶民」はそれに時には反発しながらも、その与えられた秩序に従って行動をしてきた。この歴史が長く、第2次大戦後に「国民主権」となって「民主主義」は広まったが、この自分たちで下から秩序を作るという「共和主義」は身についていないといえるだろう。
 「リパブリック」の原義とは、〔Res〕(のもの)+〔publica〕(公共の)を一緒にしたもので、〔公共のもの〕=皆のもの、を意味する。政治思想的には、君主制(皇帝政)に対する言葉である。例えば、ローマ時代にシーザーが皇帝に野望を持ったとして暗殺されるが、その時に「ブルータス、お前もか」と叫んで死んだという有名なエピソードがあるが、ブルータスにしてみれば、皇帝政治ではない元老院を中心とした共和政治を守るために、シーザーの殺害に加担したという文脈で自己正当化したのである。

民主主義と共和主義
 フランス大革命以降、いわゆる「近代」になって、「リパブリック」は、「財産と教養がある第三身分」が中心となって政治を運用するという意味を持つようになった。これに対して、無産階級から政治参加を求める動きが強まり、「民衆が主人公の政治」という意味で「民主主義」が広まっていく。その「民主主義」勢力に対しては、「共和主義」の側からは、「民衆主体の政治は衆愚政治になることが多く、やはり知的にも経済的にもエリートが政治を主導した方が上手に行く」という反論を行うのである。
 米国の二大政党に「民主党」と「共和党」があるが、「民主」と「共和」の違いがわからない日本人が圧倒的に多い。上記の説明のように、「共和党」はブッシュ大統領に象徴されるように、「財産と教養のある階層」が中心となってアメリカの価値やミッション(使命)を守っていくという政党である。他方、「民主党」はクリントン前大統領に象徴されるように、「丸太小屋からホワイト・ハウス」までの経歴がしめすように、無名で貧しく若い人が努力を重ねて大統領までの地位にたどり着くチャンスを平等に与えるのがアメリカの政治の良いところであって、貧しい人や疎外された人にも出来るだけ平等な扱いをするべきだと主張する政党である。
 「Republique」を「共和」と翻訳したのは明治時代の翻訳者で、中江兆民は原語により近い「公事」もしくは「政治」という訳語を考案していた。だが、当時の立憲天皇制を考慮して、原語のもつ意味の中で狭義の「政体」の1形態としての「共和政体」の訳語を流通させたのである。
 戦後の日本でも、「民主主義」や「民主政治」は学校で教えられてきても、「共和主義」や「共和政体」はしっかり教えられることがないので、多くのインテリも概念的な区別ができない。さらに、日本は天皇制が象徴天皇制としても生き延びたので、「共和政」の概念は天皇制に対しては相容れない危険思想なので、あえて説明しないのである。そこで、「民主主義」という考えだけが輸入され、「共和主義」は輸入されず、「すべて平等であれば良い」という考えが「民主主義」だと単純に考えた節がある。更に、戦後の経済成長の風潮に乗って、「お金を出せば誰でも何でもできる」という考えが支配的になった。若かろうがお金さえあれば、どこにでも入っていけるし、何でも出来るという錯覚が錯覚として自覚されず、社会がそのような行動を許容しているのである。
 しかし、フランスでは、そういう「民主主義」は通用していない。フランスではあくまで「共和政」の枠組みの中での「民主主義」である。1人1人が国の主人公であり(共和主義)、権利としては1人1人が平等であり、チャンスの平等は若い人に与えなければならないが、そのチャンスを生かすか生かさないかは個人の素質と努力によるもので、結果として不平等が生じてもやむをえない(民主主義)。政治や社会生活において経験が物をいう時には、当然経験の深い年長者の意見は尊重されるべきである、と考えている。そこでは、経験の相違が、相手との自ずからの序列をつけることになる。秩序の作者及び維持者としての年長者が、社会的な尊敬を受けることになる。いわば、成熟した大人が秩序の基準となっているのである。
 この「大人」の秩序が社会生活の基準点となっている所に、何故「大人の場所」に若者が出入りしないのかという質問の答えがあると思われる。長い時間をかけて培ってきた場所の秩序を他者から犯されないという防衛意識はヨーロッパでは強い。外部の者が窺い知れない「クラブ」は至る所に存在しているのも、そのような保守的な性向を表している。

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