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江戸の地下式麹室

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明治・大正・昭和の清酒酒造業の技術導入 略年表

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北関東地方における
 清酒製造業の形成過程


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酒論稿集
酒の文化論
江戸の地下式麹室 古泉 弘(東京都教育委員会学芸員)
麹の用途と江戸の麹屋
 麹の用途はさまざまであるが、代表格は味噌と酒であろう。『続江戸砂子温故名跡誌』に「本江麹、本郷湯島より江府の酒、みそ麹多く出る」と記されるように、元禄期以降江戸では下り酒が主流となっていたにもかかわらず、一八世紀前葉でも江戸で酒の生産が行われていたことがうかがわれる。岩淵は、幕末の『諸問屋名前帳』、明治六年の政府の実態調査表にみえる幕末・明治初頭の本郷・湯島付近の麹室所持者と味噌問屋株所持者の重複率の高さから、本郷・湯島付近の名産であった麹の主用途が味噌生産にあったことを指摘した。『安政見聞誌』に「神田本郷湯島の辺ハ水場にあらざるゆへ味噌屋の麹室多し」とあるのは、この辺の事情を物語っているといえよう。一方で、下り酒入津の間隙を縫って生産された濁り酒などの醸造にも、これらの麹が仕入れられていたとみている。
 麹町などで生産された一七世紀代の麹が地廻り酒の醸造に利用された可能性は充分にあろう。現在のところ、麹室の遺構そのものからは、生産された麹の用途まで推定することはできない。しかし、考古学では近年、花粉のように遺存性の高い微細遺物の分析によって、植生や環境復原の分野で大きな成果を挙げつつある。麹室遺構中に含まれる麹の胞子などが検出できれば、麹の種類、ひいては麹の使用目的にも迫ることができると考えられる。これからの楽しみな課題といえる。
 前述したように、幕末・明治期には、本郷・湯島周辺が麹・味噌の一大生産地になっていった。明治四一年の東京市の市政調査では、味噌製造業者総数の四〇・九%が本郷区に集中している。また、同じ調査の麹製造業者総数では、本郷区に七四・八%、これに神田区・小石川区・下谷区を合わせると、実に九六%が集中し、本郷・小石川台地に分布していることがわかる。反面、麹町区をはじめ、牛込区・四谷区・赤坂区・麻布区・芝区には麹製造業者の存在がみられない。



おわりに
 私は江戸の職業分布が、近代初期の東京にも受け継がれてきたことを、遺構分布をもとに検証してきたが、その職業分布を決定付けた要因の一つに、江戸の地形があったとしてきた。しかしそれだけではなく、麹室―麹製造業者の分布域が、江戸時代の中期から幕末にかけて、本郷・小石川台地に収斂され、明治も後期になると三田・麹町では衰退していった様子が明らかとなった。その理由は今後の課題としたい。

【引用・参考文献】
古泉弘、一九九〇『江戸の穴』(柏書房)
大場磐雄、一九三四「お茶の水発見の地下坑」歴史公論三―八
古泉弘・森伸一・平野明夫、一九八八「文京区小石川伝通院前における江戸時代遺構の発掘調査報告」『東京都文化財調査報告第一五集』(東京都教育委員会)
東京市役所、一九一一『明治四一年施行東京市市勢調査、職業別現在人口表 附いろは別職業名索引』(東京市役所統計課)
岩淵令治、一九九六「駒込村の歴史的変遷」『地下鉄七号線溜池・駒込間遺跡発掘調査報告書』(帝都高速度交通営団・地下鉄七号線溜池・駒込間遺跡調査会)
新宿区市谷本村町遺跡調査団、一九九五『市谷本村町遺跡』(新宿区市谷本村町遺跡調査団)
地下鉄七号線溜池・駒込間遺跡調査会、一九九六『地下鉄七号線溜池・駒込間遺跡発掘調査報告書』(帝都高速度交通営団・地下鉄七号線溜池・駒込間遺跡調査会)
紀尾井町六―三四遺跡調査会、一九九七『東京都千代田区尾張藩麹町邸跡U』(ハウス食品株式会社・紀尾井町六―三四遺跡調査会)

【プロフィール】
古泉 弘(こいずみ・ひろし)
一九四七年、東京生まれ。
東京都教育委員会学芸員・江戸遺跡研究会世話人。
主要著書に『江戸を掘る』一九八三年・柏書房
『江戸の考古学』一九八七年・ニューサイエンス社
『東京都の歴史』共著・一九九七年・山川出版社
『図説江戸考古学研究事典』共著・二〇〇一年・柏書房ほか。

月刊酒文化  2003年11月

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