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近代日本における禁酒運動と柳田飲酒論
6 柳田の処方箋  −おわりにかえて−
 柳田はしばしば「自助」の必要性を強調し、飲酒をも個人の責任問題とする。なぜなら、他者による社会規範の設定は、現実を無視した管理統制に陥りやすいからである。一方で、彼は大量飲酒問題が酒飲み個人の力で解決できず、むしろ独酌に起因することも承知している。江戸時代までの飲酒が集飲によって節度を保たれていた経験から、柳田は飲酒を集団、殊に利害関係をもつ女性によって管理すべきだと考えた。
 特に問題なのは、酒代が家庭内の支出を不公平にする点である。近代に発生した大量飲酒問題は、必ずしも飲酒の絶対量を背景としていない。全酒類消費量を清酒のアルコール分約15度に換算すると、1人当たりの年間飲酒量は1870年代後半に約一斗五合であり、1980年代の二斗二合前後よりも少ない。それでも問題視されるのは、「家の中の分配というものは不公平を極め、主人が入るだけの収益を皆飲んでしまう家さえでて」いたからである(柳田、1990a、295頁)。つまり、近代の飲酒問題は家父長制の弊害と関係していた。
 よって柳田(1990b、588頁)は女性に対して、「酒を私経済の必要品のごとくにして、表に出る者だけが家計の半分をこれに費し、悩みを幼い者に及ぼさぬまで我々の生活は余裕がありましょうか」と問いかける。旧来の酒宴において、お酌は「主婦たちの、義務と言わんよりも特権」であり、家計の分配権を掌握するための手段であった(柳田、1993、246頁)。ところが、近代になって宴会が家の外で開かれるようになると、「家々の奥方は、完全に酒の配給から絶縁しなければならぬことになり、彼らに代わって専門にこの事務を取り扱う女性が出てきた」(柳田、1993、247頁)。この結果、男性は妻や母の監視が及ばないところで自由に酒を飲めるようになった。しかし、今1度考え直さなければならないのは、女性がかつて酒の管理権を有していたという史実すら忘れている点である。そこで、柳田は女性に酒管理の正しい歴史を知ってもらうため、何度も飲酒論を執筆した。この意味で、柳田の飲酒論は飲酒問題を法律や禁酒運動に依らず、自助の精神に基づいて家庭内で解決するための啓蒙書であったと言ってよい。


(1)埼玉新報65、1879年2月19日
(2)埼玉新報78、1879年4月5日
(3)横浜の日本禁酒会が1891年11月に発行した『日本禁酒会雑誌』第9号によれば、全国の禁酒会は70余りであるが、筆者が『日本禁酒会雑誌』と千葉県印旛郡の北総禁酒会による『光』、京都の反省会による『反省会雑誌』から禁酒会の名称をすべて抜き出したところ、100をわずかに超えた。
(4)『反省会雑誌』第2号、1888年、表紙裏。
(5)買った酒をその場で飲むこと。
(6)『第15回帝国議会衆議院未成年者飲酒禁止法案委員会会議録(速記)第1回』、1901年、1〜2頁。
(7)『第52回帝国議会衆議院未成年者飲酒禁止法中改正法律案委員会会議録(速記)第2回』、1927年、2頁。

【参考文献】
石附実「公教育と未成年者禁酒・禁煙法−衆議院議員根本正の議会活動から−」(所収 本山幸彦編著『帝国議会と教育政策』、思文閣出版)、1981年。
伊藤幹治「宴の民俗世界」(所収 伊藤幹治・渡辺欣雄『宴』、弘文堂)、1975年。
井上忠司「酒と女性」(所収 石毛直道編『現代日本における伝統と変容9 昭和の世相史』、ドメス出版)、1993年。
井上友1『救済制度要義』、博文館、1909年。
岩本由輝『柳田民俗学と天皇制』、吉川弘文館、1992年。
岡本勝『アメリカ禁酒運動の軌跡−植民地時代から全国禁酒法まで−』、ミネルヴァ書房、1994年。
岡本勝『禁酒法「酒のない社会」の実験』、講談社、1996年。
川村邦光『〈民俗の知〉の系譜−近代日本の民俗文化』、昭和堂、2000年。
高田公理「『酒』をめぐる美意識の変化−柳田國男『酒の飲みやうの変遷』と現代」(所収 祖父江孝男・杉田繁治『現代日本文化における伝統と変容 暮らしの美意識』、ドメス出版)、1984年。
高田公理「禁酒文化・考」(所収 石毛直道編『論集 酒と飲酒の文化』、平凡社)、1998年。
田中和男「酒と健康―どうして酒はやめるべきか−」、キリスト教社会問題研究37、1989年。
谷川健1「伝統の変貌と持続」(所収 谷川健1著者代表『日本民俗文化大系第12巻 現代と民俗−伝統の変容と再生−』、小学館)、1986年。
常松洋「禁酒運動とアメリカ社会」(所収 谷川稔・原田1美・谷口健治他著『規範としての文化−文化統合の近代史』、平凡社)、1990年。
森岡清美『日本の近代社会とキリスト教』、評論社、1976年。
森岡裕1・藤谷聖和・田中紀子・花岡秀・貴志雅之『酔いどれアメリカ文学−アルコール文学文化論−』、英宝社、1996年。
柳田國男「青年と禁酒」(所収 『定本柳田國男集』別巻第1、筑摩書房)、1963年。
柳田國男「酒の飲みやうの変遷」(所収 『柳田國男全集』第17巻、筑摩書房)、1990年a。
柳田國男「女性と民間伝承」(所収 『柳田國男全集』第10巻、筑摩書房)、1990年b。
柳田國男『明治大正史世相篇』、講談社、1993年(初出:1931年、朝日新聞社)。
ジャン・シャルル・スールニア著、本多文彦監訳『アルコール中毒の歴史』、法政大学出版局、1996年。

【プロフィール】
青木隆浩(あおきたかひろ)
昭和45年東京生まれ。平成5年法政大学文学部地理学科卒業。平成12年東京大学大学院総合文化研究科広域科学専攻修了、博士(学術)取得。現在は国立歴史民俗博物館民俗研究部助手、神奈川工科大学非常勤講師。主な著作に「伝統的家業における家族労働の歴史的変化−戦後の酒造経営を事例として」『日本民俗学』229・2002年など。

月刊酒文化 2003年5月

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