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20世紀の酒文化

中世人と酒

貧乏徳利にみる江戸市中の酒

菅江真澄の記録にみる「酒」

近代日本における禁酒運動と柳田飲酒論

宮水の沿革(1)

宮水の沿革(2)

江戸の地下式麹室

地下三尺に眠る江戸の酒瓶

明治・大正・昭和の清酒酒造業の技術導入 略年表

明治中期以降における酒造技術の平準化と 産地間競争の激化

北関東地方における清酒製造業の形成過程

合成清酒の物語

お雇い外国人の
 醸した不思議な酒


堺の酒小史

北関東地方における
 清酒製造業の形成過程


江戸時代における
 知多半島の醸造業の
 展開とその背景

酒論稿集
酒の文化論

菅江真澄の記録にみる「酒」
5、酒銘「御代の松・千世の春」
 真澄は文化十一〔一八一四〕年秋、地誌編纂のために秋田県雄勝郡にいた。土地の佐藤太治兵衛が醸造する酒の銘を求められて、「御代の松」「千世の春」と命名して書簡(『菅江真澄全集』第十二巻、一九一頁)で提案した。
 〈伊伝波〔出羽〕ノ国雄勝ノ郡川向ノ荘菅生村〔現・秋田県雄勝郡皆瀬村〕の肝煎である佐藤太治兵衛家が、文化四年の秋に皆瀬川の水を用いて醸(か)み〔醸造〕し始めた。優れて旨い酒であったが、商う量が多くないのに四方八方の人々が求めて群らがった。それは、皆瀬川の水が清く、村の姿が清々しく、また、上流の「御代繁り山」に生える松から滴り落ちる清らかな露や雫がこの醸造水に含まれているのだから当然だろう。だからこそまた、この酒に酔う人はきっと千歳の齢(よわい)を得るだろう。そう考えて、「御代ノ松」、「千代ノ春」と酒銘を付けることにした〉と述べて、その後に、〈御代の松栄え行く千代の春のみか幾度返りも花咲ける見む〉の歌を添えている。
 小生、いささか因縁が存して秋田の酒を愛するものである。ある時、酒造所の社主と同席させていただく機会を得た。小生は遠慮がちに、菅江真澄に因んだ酒の銘柄を新しく立ち上げてくださるようにお願いしたことがあった。その切望は未だ叶っていない。菅江真澄が足跡を残した東北の地で、その地名や影物、真澄の著作名を酒銘に冠した芳醇美酒が、多くの方々の舌・喉を潤し、魅了してくれることを夢に見ている。いや、懇願したい次第である。

【プロフィール】
磯沼重治(いそぬま・しげはる)
一九五七年生まれ。秋田県立博物館菅江真澄資料センター学芸主事を経て、國學院大学・明治学院大学・杏林大学講師。国文学・伝承文芸学専攻。編著『菅江真澄研究の軌跡』(岩田書院)など。

2003年12月 月刊酒文化

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