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アメリカの日本食ブームとサケ

グローバル化時代の清酒原料調達システム

戦前期朝鮮半島における邦人酒造業の地域的展開と特質

メード・イン・ジャパンの酒の魅力づくり

台湾で広がる吟醸酒

日本酒の国際化

国際化時代の日本酒
酒論稿集
日本の酒の国際化
アメリカの日本食ブームとサケ
燗酒から冷酒に
 アメリカにおける日本酒の普及は、やはり日本食ブームと軌を一にしている。
 特に「日本酒は温めて飲む世界でも珍しい酒」として、アメリカ人の興味をひいたようだ。
 それとアメリカでは健康志向の風潮の中でウイスキーやウオッカといったアルコール度数の高い酒が敬遠されて、ワインに移行しつつあった時代で、日本酒もライス・ワインだからと、愛好家が次第に増えていった。
 1979年になると、大関酒造がカリフォルニアに進出して現地生産を開始した。そしてこれを皮切りに、日本の大手酒造会社が続々とアメリカに工場を作った。
 カリフォルニアでは「松竹梅」「白山」「月桂冠」、コロラド州では「白鹿」、そしてオレゴン州には桃川酒造が進出してきた。
 またロサンゼルスに本拠を置いて、それまで日本酒の輸入を手がけていた沼野商事は、日本名門酒会の後押しを受けて、アメリカン・パシフィック・リムという会社を設立して、やはりカルフォルニアで酒造りを始めている。
 アメリカ人はこうした日本酒をもっぱら日本レストランで飲んでいた。ところが1990年半ばになって、様子が変わってきた。アメリカ人が家庭でも日本酒を飲み始めたのだ。
 ただしそれまでの熱燗ではなく冷酒(れいしゅ)である。これは日本で吟醸酒ブームが起こったことと大いに関係があるのだが、アメリカにもこの冷やで飲む酒が輸出されるようになった。するとアメリカ人がこれにとびついた。
 いちいちお燗をする面倒がなく、ただ冷蔵庫に入れて冷やせばいいのだから、これなら家でも簡単に飲める。またパーティーの席などで、冷やした白ワインとこの冷酒が並べて置かれるようになった。
 日本からの輸入だけでなく、例えばアメリカの宝酒造は「シェラ・ゴールド・サケ」、月桂冠は「ゲッケイカン・ドラフト・サケ」、アメリカン・パシフィック・リム社は「荒走り生原酒」などを現地生産して、アメリカ人向けにキャンペーンを行った。
 アメリカ人経営のリカーショップでも冷酒を中心とした多種類の日本酒が並ぶようになり、それまでは日本食料品店のようなところでなければ置かなかった日本酒が、近所で手軽に買えるようになった。
 さあそうなると次第に大手メーカーの製品だけでは飽き足らなくなって、もっと別の日本酒を飲んでみたいという気になってくる。
 一方日本側では、最近は焼酎に押されて日本酒の消費が減少してきたという苦しい状況にあった。それで地方のメーカーでも販路を海外に求めようという欲求が出てきた。
 こうした日米両者の思惑が合致して発生したのが、つい最近のアメリカにおける地酒ブームなのである。ちなみに「地酒」は英語では"Locally micro brewed rice wine"と言う。

空前の地酒ブーム
 しかしながら地酒のアメリカへの輸出は今に始まったことではなく、日本名門酒会は十数年前から行っていた。
 この日本名門酒会では宣伝を兼ねて数々の催しを全米各地で開催しているが、そのひとつにニューヨークで行われた「日本酒とフランス料理の夕べ」というのがあった。
 これはトライベッカ地区にある4つ星のフレンチレストラン「シャンテレール」で開かれたものだが、デザートを含んだ全9皿の料理それぞれに、9種類の日本酒を合わせて参加者を驚かせた。実はこの店には全米でたった1人というアメリカ人のB酒師がいる。それで通常の営業中でも、フランス料理にあった日本酒を選んでくれる。
 日本酒輸出協会は、ニューヨークのジャパン・ソサエティと共同して、毎年日本酒の「利酒会」を行っている。04年で6回目になったが、利酒会の前には毎年テーマを変えて、日本酒に関した講演が行われている。
 例えば第1回では「酒職人の1日」、第3回目は「酒造りに関わる外国人」、第5回目の03年は「酒の器」、そして04年は「酒の地方性」という題だったが、200枚のチケットは即完売だという。

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