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灘五郷の伝統と革新
酒蔵のある「まちづくり」
 「白鹿」は、戦前にいち早く大規模な工場を設立したり、最近では、六光蔵のように近代的な設備投資を試みているが、社長自身は、 それによって得るものばかりではない、と考えている。新工場ができたときの気持を、こう述べる。

 私は、「精神的に安らぎはなくなったな」という感じはしているんです。というのは、古い蔵は、入った ときに、心和ませてくれるわけですよ。ところが同じ酒ができるんだけれども、コンピュータ制御の酒蔵に は、緊張感がある。なにかこう、張りつめたような空気があって、人間にはあまり居心地がよくない。
 私にとっては、できるかぎり蔵人のいる酒蔵を、現役の博物館として残して可能なかぎり続けたかったで すね。地震の結果とはいえ、古い蔵が潰れたことは、非常に残念に思います。


 日本人の心を和ませるようなそうした清酒に関わる文化や伝統を、多くの人々に知ってほしいと考えている。それには、酒造りに関 わる景観も含まれる。

 灘五郷でも、歴史的な景観は消滅しましたね。古い瓦屋根の酒蔵が軒を連ねているという灘独特の風景が あったんですよ。そういう酒蔵の街らしい風景が、灘五〇社の方々と一緒になってリフレッシュしていける といいなと思っているんですけれどもね。
 実際、そうしようという動きはあります。「沢の鶴」さんや「白鶴」さんの資料館の再建がそうです。中堅 の蔵元も、酒蔵を建て直すときには外観だけでも、それらしいものであってほしいと思います。鉄筋の、味 も素っ気もないものじゃなくて、白壁で瓦を載せるとかすることを重視するといったことも考えてよいと思 います。


 西宮の宮水も、その意義を多くの人に知ってもらいたいと言われる。宮水をとる井戸場が「白鹿」の近く、JR西宮駅の南側を少し 下がったところにある。しかし、残念なことに、各社バラバラに設置されており、その近くを通っても、それが、どれだけ歴史的にも また現在の清酒づくりにおいても重要であるかを知らせるようにはなってはいない。

 「宮水の井戸場ももうちょっときれいにしようや」ということで、考えてます。水文化、宮水の歴史なん かをちょっと見ていただけるような資料館を作ったりね。ライトアップしたり、酒飲める居酒屋を設けたり ………。

 何もしなければ失われていく清酒の文化や酒造りの伝統を、多くの人に訴えて行くことが何より重要だと言われる。そしてそのため には、清酒の本場、酒造りの先進地域としての灘五郷の蔵元各社の協力は欠かせない。しかし、灘五郷の蔵元同士は、それぞれが一国 一城の主で、これまで共同でやるということもなかった。それぞれがわが道、わがポリシーでやってきた。しかし、地震以後、少し様 子が変わってきたという。

 地震をきっかけに魚崎あたりで、なんか共同で会社つくって、良い酒造って、共同銘柄で売ろうという機 運がでてきましたんでね。これなどは、地震の一つの良い結果だと思います。
 こうした動きは大事だと思います。それぞれの特性は保ちながらもですね、やっぱり接点はありますので ね。とくに、まちづくりなんかは、共同でやっていかないとね。バラバラじゃあ、様になりません。


 今度の地震では、残念ながら、瓦屋根の蔵がたくさん潰れた。その蔵元がもとの蔵を建てる余力がないと、あとは遊休地になってし まう。清酒市場が伸びているときなら、言われなくても建て直すだろうが、成熟した市場状況で何億円もかけて設備投資するだろうか。 その結果、遊休地はマンション用地となる。
 そうするとしかし、酒造りに関わる景観がだいなしになる。白鹿本社の前の通りも、酒 蔵通という名前がついているが、現在は、その沿道の蔵の多くが潰れてしまっている。

 灘の存在感を打ち出すことは、郷土産業として大きな使命だと思います。文化継承、文化発信はね。
 他社さんも、酒蔵コンサート、お祭り、あるいは文楽や人形浄瑠璃などやっておられます。私どもも、震 災前は、それをやってました。コンサートも文楽も。気軽に来て頂いて、いっぱい飲みながら楽しむ。文楽 でも、市のホールとかといったところでは、お客さんは集まらない。ところが酒蔵でやったら、来られるん です。
 江戸時代の、われわれの館蔵品の屏風を立てたり、燭台で蝋燭を灯したりして、ムードを盛り上げます。
 消費者の方に参加して楽しんでいただくようなことを考えたいですね。博物館でも、禁止条項ばかりでな くて、ただ並べているだけではいけません。これからは、何か手に触れるとか、水車まわして米を実際に精 米するとか、そんな博物館が欲しいと思います。平成一〇年くらいに目途をつけたいなと思ってます。


 こうした試みが「まちぐるみ」で行われると、威力は倍増する。辰馬社長も同じ考えだ。滋賀の長浜の黒壁の話を例に出して言う。そ こには多くの観光客が集まっている。山があり、古い町並みもあり、そういうのが借景になっている。それを生かして、硝子工房を作 ったりしている。町として、面的な支えがあることが大事だと社長は言う。
 業界を、合理化することはもちろん大事だ。それがないと業界自体が、他の酒類との競争に破れてしまう。しかし、単に市場のパイを 奪い合いするだけでも、清酒業界は成り立っていかない。業界としてもっている伝統や文化は、意識して守られなければならない。業 界全体あるいは産地としてのまとまりがそのために必要となる。
 それは、いわば業界や企業の社会的使命ということになるのだろうが、それは、灘五郷の蔵元たちが伝統的に培ってきたものでもあ る。酒造りの資料館や記念館や美術館に加え、中学校や高等学校なども、灘五郷の蔵元が作った社会的財産は少なくない。「白鹿」も、 甲陽学院を作り、白鹿記念博物館を作っている。辰馬社長のご意見は、そうした伝統が 脈々と続いていることをうかがわせるものだが、それは、誰のためでもなく、清酒業界のためにこそ必要だと思われる。


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