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咸臨丸を随伴して
 安政5年(1858)には、日米修好通商条約が結ばれた。先の日米和親条約は、「国を開いてお互いに仲良くしましょう」というものであったが、これはさらに前進して、「貿易をしましょう。そしてその貿易の自由を保障しましょう」と約束するものであった。
 これにともない、万延元年(1860)には遣米使節団が派遣されることとなった。日本人の海外渡航解禁の第1号である。この派遣は、初代駐日総領事のハリスのお膳立てであった。ハリスが修好通商条約に調印したのだが、条約の中に「批准書の交換を首都ワシントンで行う」という1項を入れてあった。これは日本人外交官たちをアメリカに呼び寄せ、アメリカ文明の成功と偉大さをとっくりと見せつけてやろうというハリスの企みであったのだ。
 ハリスはこの使節団をアメリカに送る船として、ポーハタン号を用意した。あのペリーの乗艦で日本人が招待されたこともある馴染みの船である。また日米修好通商条約の調印もこのポーハタン号の船上で行われている。
 ところが使節団派遣の噂が伝わるや、渡米希望者が殺到した。それはそうだ。先のペリーが来た時でさえ、あのように一般の人々が我先にと黒船見物に出かけているのだ。
 それにひきかえ、今度は自分の足でアメリカの地を踏み、自分の目で実際のアメリカ人の暮らしや都市文明を見ることが出来るのだ。  
 使節団の規模はついに予定の2倍になってしまった。そこで急遽、ポーハタン号にもう1隻、随伴船を日本側から出すことになった。
 これが咸臨丸である。ただし咸臨丸には使節団を運ぶ他にもう1つの目的があった。それは日本人のみによる操船で太平洋を横断しようという計画である。操船技術はオランダ人から習ってはいたが、まだ数年の経験しかない。無謀と言われても仕方ないのだが、それだけの気概に燃えていたわけである。
 こうした経緯があって、安政7年(1860)1月22日、正使新見豊前守以下77名を乗せたポーハタン号はサンフランシスコに向けて横浜を出発した。
 なおややこしいがこの安政7年はこの年に万延と改元されるので、使節団の名称は「万延遣米使節団」と呼ばれる。そして咸臨丸だが、こちらは日本人総勢96名を乗せて、ポーハタン号より3日早く出航していた。
 では両船が出航前に積み込んだ品々の様子を見ておくことにしよう。と言っても、ポーハタン号はアメリカ船なのでその詳細の記録がなく、残っている記録は咸臨丸のものだが。
 やはり洋食は合わないと考え、搬入したものの大半は日本食品であった。米、味噌、醤油にはじまって、かつお節、梅干、干物、乾物類、茶、そば粉などを大量に積んだ。炭や薪まで積んでいる。甲板に仮設の厨房を作り、航海中の食事を用意するためだ。
 酒は「焼酒」を1石5斗(135リットル)準備した。これは1日1人0・5合(90ミリリットル)として、予備も含んだものだという。だがこれを咸臨丸の日本人の数で計算してみると、約30日分になる、米はざっと150日分を積んでいるというのに。
 これはおそらく、日本酒と言うことにこだわらなければ、酒はいくらでもアメリカにあると考えたからだろう。先のポーハタン号での招宴でも見た通り、日本人はワインでもウイスキーでも酒なら何でも喜んで飲んだのだ。
 ハリスも日記に「彼らは何時も私のすすめる一切のもの―葡萄酒、甘露酒、ブランデー、ウイスキーなどを旨そうに飲むということと、彼らの多くは充分以上に飲むということをここに記してもよかろう。彼らはあらゆる種類の酒類を生(き)のままで飲む」また「彼らはポンス、ブランデー、ウイスキー、チェリ・バウンス、シャンペン、甘露酒を飲んだが、ポンスとシャンペンは彼らが特に好んだ飲み物であった」などと書いている。
 なお「ポンス」はオランダ語で、英語で言えば「パンチ」である。

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