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三井物産の清酒界進出
三井物産の「金正宗」一手販売契約
 本節では、三井物産が行った松尾仁兵衛商店醸造「金正宗」の一手販売の内容について検討することにしよう。
(1)概要
 昭和7(1932)年2月5日付『東京醸造公論』は、「三井更に躍進し灘で新に二三蔵との契約成立? 丸星の金正宗関係注目を惹く」と題し、次の様に華々しく報じた(大意) *16) 。

 三井物産の清酒界への進出は、1931年において大いに注目を集めた。三井物産側の担当者が重役会議の反対を押し切った上で成し遂げた壮挙であった。とはいっても、蔵元松尾仁兵衛氏の造石高はかの三井にとってはほんの内職にしか過ぎず、結成された販売店組織「東京金正宗会」も個人商店の寄せ集めの感があった。しかしながら、その背後では刮目(かつもく)すべき動きがあったのであり、幕が上がると、丸星鈴木商店と伊坂市右衛門商店の両者が三井の両翼となって登場したのである。担当者もこうした筋書きがあったからこそ、重役たちの反対にも屈することなく、この企画を推進することができたのであろう。実際、三井の金正宗の売行きは好調で、昨年12月20日ごろの売行きは非常なもので、予想以上の成果を得ている。

 三井物産が、「カミソリ安」こと安川雄之助が打ち出した方針にのっとり、在来的商品流通へ乗り出したことは既に述べたところである。清酒もまさにその一つとして、同社の新たな販売戦略の対象となった様である。その際、三井物産は、記事にある通り、丸星鈴木商店と伊坂市右衛門商店という清酒卸売の老舗を取り込むことに成功し、さらにその傘下にその他の商店を組み込むことで特約店組織「東京金正宗会」を構築したのであった。総合商社から白羽の矢を立てられ、共に力を合わせて清酒を販売するようになるとは、松尾家では予想もしなかった事態ではなかっただろうか。時代は慢性的不況のまっただ中であり、加えて同家はいわば灘五郷の中堅酒造家であったことを鑑みれば、耳を疑う話であっただろう。ちなみに、先に利用した『東京醸造公論』記事は、実は同家自身による切り抜きである。他に切り抜きは見あたらず、正宗会結成の重みが感じられる。
(2)契約内容
 業界新聞の記事だけではやや漠然としている。そこで、史料をもちいてもう少し中身に立ち入ることにしよう。まずは三井物産と松尾家の契約内容について確認したい。以下、全一六条のうちで主要部分を取り上げ、平易に書き改めたのち掲げている *17) 。

第三条 松尾仁兵衛・定義は、三井物産が充分な成績を上げられるよう販売に極力協力すること。そのため、松尾家は宣伝員を常設し、かつ広告宣伝のための一切の費用を負担する。
第五条 松尾家は桶売品を除く全製品の商標を無償無条件で三井物産へ譲渡する。
第六条 代金回収は三井物産が責任をもつ。回収不能の場合も代金は支払う。
第一〇条 三井物産は手数料として売上代金の五%を得る。


 この契約は、昭和6(1931)年10月1日に、三井物産株式会社本店営業部部長・向井忠晴と松尾仁兵衛・定義親子の間で締結された。第三条では広告・宣伝費については松尾家側が持つことが、第五条では清酒の商標は三井物産が無償で獲得することが定められている。なお、同社が配布した「金正宗発売記念特売案内」との表題を持つ宣伝用ちらしを見てみると *18) 、謳い文句として「酒の王・灘銘酒『金正宗』」と記されている。そして、本文では「灘魚崎ノ産」で「品質優良ニシテ格安」との表現も見られる。新聞広告でも(「東京朝日新聞」昭和6年12月30日、図表2参照)、「金正宗」の商標が使用されていることが分かる。
 一方、第六条にあるように、代金に関しては三井物産の責任が重かった。当時の商況を考えると、販売先での代金回収は簡単ではなかっただろう。故に、大企業である三井物産のこの手の保証は有り難かったに違いない。実際、松尾家の帳簿類を見ると、三井物産との決済は現金で即日行われている。それ以前の他の業者との取引では、節季ごとに期日が数ヶ月後の約束手形を受けとっている。商品が引き渡された時点から数えると、実際の決済期間はもっと長くなる。同社が清酒販売進出に当たり武器としたのは、その知名度に由来する信用に加え、こうした資金面での強味であったのだろう。

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