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2 これまでの飲酒にまつわる意識と行動と、その変化
 前近代、あるいは近代社会において皆が信じていた人間のあり方、役割、関係が変わるということは、飲酒行動においても、変化が起こるということである。一部はすでに変化しはじめている。新しい変化を際立たせるために、まず、これまでの飲酒パターンを少し振り返り、それが変化しつつあるというように見ていこう(典型化してまとめているので、もちろん例外はある)。
 酒といえば、まず男たちのものであった。男たちはスポーツや話力や仕事力・経済力や精力で競うだけでなく、酒をどれだけ飲めるか、どれだけ豪快かで競ってきた。飲めない男は男ではなかった。しかし、いまや、そうした「男が、男が・・・」意識は減りつつある。無理やりそこでがんばると、煙たがられるであろう。適度に飲めればいいじゃないかという感覚。だからこの面の影響としては、酒消費は減る傾向を持つといえる。他方、女性でも飲酒することはかなり普通のこととなった。今後いっそう女性の飲酒は増えるだろうから、これは逆方向に作用する。
 酒は性とも強く結びつき、性的解放の援助剤(勢いづけ)であり、口説きの手段であり、繁華街や場末・街角のスナック的な場所の魅力の底流には性の力があった。だが、いまや会社の接待費・交際費は減少し、繁華街は寂れ傾向を止められず、若い世代は、適度におしゃれな場所を選ぶものの、ダサい繁華街的な力を使うことにあまり魅力を感じなくなっている。恋愛の多様化、あっさり化、DVD、インターネットなど性的満足を獲得する商品の多様化・個人化が進んでいるので、酒と結びつけた古いパターンの「お店」に固執する必要性は低下している。なくなることはないだろうが、この点での酒の利用は、今後増えることはないだろう。
 ただし、情報化社会、特にインターネット時代においては、性的欲望を刺激する商品は拡張し続けるだろうし、高度なコミュニケーションを得意としない、あるいは、生身の人間とのコミュニケーション自体を邪魔くさいと感じるような人たちや独身者、「もてない君」が増えるなかで、性的商品への欲望は肥大化し続けるであろう。それに対し、酒とは無関係にその種の欲望を満たす店や商品も繁盛するだろうが、そこに酒の力を付加するというパターンも当然ありうる。たとえば、キャバクラのようなもの。それに対して、そんなものを利用する必要がないという意識を持つ者と利用することに躊躇しない者との二極化が進むだろう。結果、古臭い形は廃れるが、何らかの新しい形で、一定程度、「酒と性」がセットになった商売は続くであろう。
 次に、店で酒を飲むと高すぎるという問題がある。冷静に考えれば、店で酒を飲むとき、店が仕入れた値段に比して酒の販売値段が高すぎることはすぐにわかる。店が何で儲けているのかは調べればすぐにわかる。今までは、日ごろけち臭い人でも、酒を飲むときは勢い、雰囲気という「物語」を多くの人がもっていたために外で飲むことが続いてきた。酒ということで、思考停止していた人が多かった。その「物語」の背景の1つには、会社の経費とか、恋愛風土があった。だが、いまや条件は変化した。上記したように社会全体の経済停滞が続き、非正規雇用が増え、貧困層が増え、使える金が減っている。必然的に「物語」の幻想力は低下し、高すぎる酒への拒否感が進み、この面では外で飲むことが減っていくであろう。あるいは、安価な酒(適正価格の酒)をだす店がもっと増えていくだろう。
 「物語」といえば、今までの酒のきまりには、変なパターンが多かった。シングル単位感覚をもって夢から覚めれば、酒を飲む相手、場所、時間、理由(目的)が画一・均一であった時代は「集団・組織中心」の時代の遺物に過ぎないという感覚になる。変化の基本方向は、どんどん多様化・個人化していくということだろう。
 たとえば、おじさんが家で1人晩酌というのはあったが、若い世代が家で1人で酒を飲むというと「えー さびしくないー?」という感覚。だがそれは「1人はさびしい。酒は会社の同僚皆で、あるいは友人・恋人で親密交流のために飲むもの。場所は飲み屋や宴会場。時間は仕事が終わったあとの夜。酒を飲むと本音を語れる。特に女性が1人で飲むのはおかしい」という前提をもっているということ。そしてもちろん、すべてに根拠はない。もう、画一化された前提は崩壊し続けるしかない。
 だから、集団の結束を高めるため集団で飲酒すること(コンパ、飲み会)。組織の宴会つき1泊旅行。「イッキ、イッキ」というはやしたて。酒を飲むと急に元気になる、雄弁になる、強気になる、本音を語ること。盛り上がらないといけないという雰囲気。「とりあえずビール」とか皆が日本酒とか、その場で飲むものが同じということ。酒の席では無礼講だという風習。少しぐらいエッチであっても良いということ。若い女性に横にきて座れということ。酒の席で上司とカラオケデュエットや、チークダンスを強要すること。部下が上司にお酌すること、相互にお酌すること、とくに女性がお酌すること。「俺の酒が飲めないのかー」とか、「まあ飲もうや」と酒を次々と注ぎ足すこと、酒を飲まない人に「飲めー、飲めー」と圧迫して平気だったこと。すべては、もう時代遅れである。すでにだいぶ廃れてきている。今後一層それは進む。とくに、何らかの強制は、セクハラ、パワーハラスメント問題として、懲戒ものとなる。

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