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銀の酒器

イギリス近世の酒器

古代ギリシアの酒器

ラインの石器と
  ひげ徳利


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酒論稿集
酒器論稿
古代ギリシアの酒器
ギリシアの酒器
 さて、いよいよギリシア時代の酒器についてであるが、ギリシア本土の文明は前一〇世紀を前後にバルカン半島を南下して きたドリス民族が、約二世紀にわたり先住民族のミュケーネー人との対立と抗争の末、前八世紀以降この地に独自の新たな文 明を築いた。これこそかのパルテノンに象徴されるヨーロッパ古典文明の誕生と開花である。
 紀元前四世紀の悲劇詩人ソフォクレスは「ギリシア本土のビールは美味ではないので飲みたくない」と述べている。メソポ タミア、エジプトの二大先史社会では早くからワインとともにビールの生産が盛んで、当然その影響を受けてギリシアにもビ ールが伝えられていた。しかしバルカン半島南部のアッティカ地方やペロポネソス半島は全般に土地が痩せて麦の栽培には適 さず、反対に葡萄やオリーブの樹の栽培が盛んであったためギリシアでは古くよりワインが最も日常的な飲み物とされてい た。それだけにギリシアでは酒器と言えばワインにまつわる器である。とくにギリシアではワインは水で割って飲むのが一般 的であったため、酒盃以外にもワインを水で割るための器、あるいはワインと水を混ぜる器などギリシアでしか用いられてい ない器が多い。しかも本来合理的な思考のギリシア人は実用性を重視し、その用途に相応しい多様な器を創造した。ワインや オリーブ油を貯蔵する大きな甕から、酒器には関係ないが婚礼用の大きなルートロフォロス、あるいは死者の葬祭用として一 度しか使われなかったレキュトス、小さな香油容れなど約四〇種類の容器が知られているが、その約三分の一が酒器であった。

  以下、参考までにギリシアの酒器を用途別に列挙すれば、先ず酒盃にキュリックス、スキュフォス、カンタロス、リュトン がある。キュリックスは主として宴席用に用いられた、水平の二つの把手をもち脚部のある最も一般的な酒盃である。脚部は 初期のものは低く、後期のものは高脚となる。多くは器の内と外に美しい絵が描かれている。大きなものには盃の直径が二〇 糎に近いものがある。スキュフォスは口縁部に小さな水平の二つの把手をもつ碗形の酒杯。酒好きな人には好んで用いられた ようである。カンタロスは大きな垂直の双把手のある高脚盃で、酒神ディオニュソスの持ち物として祭礼用として用いられた。 リュトンは角杯に似た形の飲酒用の器。動物や人間の頭部を象ったものが多い。すでにクレタ時代に初期の作例がみられる。 これらのほか、水平の把手をもち底部が尖ったマストスや中央に小さな突起のある平らな盃もあった。
 次にワインを容れる器としては大きなアンフォラがある。これは水や油を容れ貯蔵する器でもあるが、上質のものは酒宴に 供されることもしばしば、その形には幾つかの変形がある。アンフォラの名称は双把手の意。下腹部がずんぐりとしたスタム ノスや肩部が膨らんだペリケーも油やワインを貯蔵、運搬に用いられた。
 ギリシアの宴席の主役はワインと水を混ぜる大形のクラテル。これは広口、大きな腹部、水平の把手をもつ。その形には把手 の形から柱型、渦巻型、萼(ガク)型、鐘型の四種類がある。その広い腹部は陶画家にすぐれた絵を描く場を提供した。変わった器で は腹部が丸味を帯び、太い高脚のプシュクテルという器がある。これはワインを冷やすための器で、中に冷水を容れて広口の大 きなクラテルの中に置かれた。
 最後にクラテルからワインを盃に注ぐための器に、オイノコエ、オルペー、キュアトスの三つの器がある。オイノコエは口 縁部が三葉形を象り、後部に垂直の把手をもつ。同じくオイノコエよりやや大形で腹部が膨らんだオルペー、それに碗形に大 きな把手のあるキュアトスなどが知られている。
 ところで古代ギリシア人がワインを水で割って飲んでいたことはよく知られているが、その割合が二倍かあるいは三倍か、 その割合を示す資料が乏しい。筆者の知人のギリシアのワイン研究家に問い合わせたが、個人差があり、はっきりしたことは 言えないのではないかとのことであった。

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