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日本と海外の酒めぐり
ビールのルーツを訪ねて
ビールのルーツを訪ねて  
ビールの密造所を発見
 看板も無い普通の家です。でも中から麦芽の匂いがかすかにしているので間違いありません。ドアがあいていたので、薄暗い中を奥に進んでいくと急に広い部屋に出ました。目をこらすと、コンクリートの床の上にゴザのような物を敷いて、何人もの人
がうずくまっています。そしてその前には大ぶりのコップが置いてあるのですが、何やら阿片窟を思わせるような雰囲気ですね。さらに奥に小部屋があって窓ごしに大鍋が見えます。アルコールの匂いがしてきます。
 とりあえず写真を一枚と思ってカメラを取り出した時、その小部屋から突然一人の男が出てきてえらい見幕で怒鳴り出しました。「わかった、写真は撮らないから、ブーザを一杯飲ませてくれ」といっても英語が通じません。とうとう押し出されて、ドアには鍵をかけられてしまいました。
 すぐには立ち去り難くちょっと離れた所でしばらく見ていますと、空瓶を何本か袋に入れた男がやって来てドアをたたき中に入って行きました。やがて袋を重そうに下げて出てきましたが、ドアをあけて外をキョロキョロと見回している様子は、どうやら遠くから密造酒を買いに来た、という雰囲気でしたね。

ビール造りはパン屋が担当
 ルクソールの空港に着くとすぐに観光ガイドの連中に取り囲まれました。観光客が減ってしまったので彼らも必死です。ガイド料を割引した上に、この中にホテル代一泊分と案内の車代も含まれているというのです。私はさらにブーザを造っている所に案内してもらうという条件をつけてその内の一人と契約しました。手抜きをするのでは、と思いましたが、こちらの希望する所を全部回ってくれました。ルクソールの貴族の墓の壁画には、やはりパン作りとビール造りが隣合って行われている様子が描かれていました。
 二日目の最後にいよいよブーザです。ただし、ラマダン(断食)の頃だけで、今は造っていないとのこと、「夜明け前に毎朝飲むんだよ、そうすれば昼間何も食べなくても夜までもつからね」とガイドは言います。案内されたのはパン屋でした。オヤジに頼むとそこにあったパンをビールブレッドに見立てて、ふるいやら水桶やら大きな壷を
出して来てブーザ造りを実演してくれたのでよくわかりました。ただ空中の自然の酵母ではなく、乾燥酵母を使うのだと言って、これも奥から出してきて見せてくれました。アッシリア方式ですね。
 まあ、こうしたわけで実際にブーザを味わうことは出来なかったのですが、古代エジプトの製法が現代にも生きているのを実感した次第です。


【プロフィール】
松本 紘宇(まつもと ひろたか)
1942年東京生まれ。東京大学農学部卒業、サッポロビール入社。
69年退社、ニューヨークへ。レストラン「日本」の仕入れ係の仕事がきっかけで、魚卸商になる。
75年、ニューヨークで最初のすし専門店「竹寿司」を開店。 現在、「ヴァンダービルト竹寿司」、「ベルギー竹寿司」経営のかたわら、食文化研究家として世界各地を取材中。

1997年夏号 お酒の四季報1

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