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日本と海外の酒めぐり
中欧「酒と水」紀行
中欧「酒と水」紀行3 ハンガリー1  
バダチョニーへ
 ブダペストから約300qほどのところに位置するバダチョニーは葡萄畑がどこまでも続く丘陵地帯だ。前日の夜行列車でプラハを発ち、今朝早くブダペストに到着。駅で待っていた迎えの車に乗り込み、直接移動する強行軍となった。バラトン湖畔の国道沿いにあるスタンドで待ち合わせたのは、この地でワインを造っているセレムレーさん。彼のワイン工場に行く前に、昼食を取ることになった。彼の先導で葡萄畑の真ん中を突っきり、高台へと車は上っていく。時々窓から望むバラトン湖はまるで大海のような水平線を見せている。この湖はハンガリーで一番大きく、広さは600uと東京二三区がスッポリと入ってしまうほどである。周辺は保養地として開発されており、別荘らしき建物が散在する。景色に見とれている間に車はレストランへと到着した。このレストランは彼が経営しているもので、ワインとそれに合う厳選された材料を使ったフランス料理を出している。この日のメニューは、ペースト状のフォアグラとトリュフを混ぜ香草を添えた前菜。バラトン湖で捕れたナマズを使った「ハラースレー」というハンガリーの代表的なスープ。メインはバッファローのすね肉にパスタ添えパプリカソースかけ。そしてアイスクリームのデザートとエスプレッソ。この日のワインはこの会社最高の四種。白ワインはレアーニカ種のセミ・ドライとシャルドネ種のドライタイプ、赤ワインはメルロー種。最後にマスカット・オットネル種のスイートワイン。何れもまろやかな中にも深みがあり、さすが厳選のワインだ。
 食事を終えて葡萄畑を見に行く。冬場ということもあり、辺り一面は茶色の枯れた畑が広がるばかりであったが、所々に葡萄の実が付いたままの畑がある。この葡萄から作るのが「アイスワイン(1) 」だという。この畑で作っている葡萄の種類は前にあげたものの他に、カベネル・ソーヴィニョン、ピノ・ノアールなどがある。一通りワイン畑を見て彼の所有する牧場に着いた。ここにはこの地方特有の白いバッファローが飼育されていた。以前はどこにでもいたようだが、今は絶滅しそうになっているという。この牧場で繁殖させ、自営レストランで食材として使ったり、他に販売したりしている。性質は荒く近寄ると危険だというが、牛は牧場の隅にいて写真が撮れない。望遠レンズを持ってくるべきだったと悔やんだが、仕方がないので意を決して柵を乗り越えた。おそるおそる近づき5mほどのところで撮影したが、シャッターを切る瞬間こちらを向いてにらまれた。ゲストハウス(日本でいうペンションのような宿泊施設)に旅装を解き、ゲストハウス自慢の地下ワイン貯蔵室を見に行く。さすがに多彩なワインが所狭しと並んでいる。ちょうど八畳間ほどのこの地下室の壁は、びっしりと黒いカビに覆われていた。
 夕食は昼と同じレストランで取ることになり、すっかり暗くなった葡萄畑の中を急いだメニューはハンガリーといえばこれといわれる代表的なスープの「グヤーシュ」。野菜と肉をじっくり煮込んでパプリカをたっぷり使ったスープだ。このスープは家庭料理としても普遍的なもので、レストランや家庭によってそれぞれ味が違うといわれるほど多様性を持っている。一度食べただけでその魅力の虜となり、インスタントのグヤーシュスープを大量に買い込んで帰ることになった。そしてメーンはポークソティに炒め野菜を添えた、酸味のある冷製の料理だった。

パーリンカ
 このところよく歩きよく眠り、よくワインを飲むせいか体調がいい。今日はアガルトと
いうバダチョニーからブダペストに行く途中の町に向かう。訪問した「アガルディ社」は四〇度?八〇度までのパーリンカ(2)を製造している。パーリンカというのは洋梨、マスカット、りんご、プラム、大麦などを原料として造るスピリッツだ。飲んでみると確かに強いのだが、原料の果実の香りがほんのりと漂いフルーティな感じもする。食前酒としてこの国では朝から飲まれている。小さなグラスに注がれたパーリンカを、一気に飲み干すのだこれで食欲がぐーんと増す。工場には発酵過程であろうか銀色に輝くタンクが並び、はしごを登ってその中をのぞくと強烈なアルコール臭が鼻を刺す。ハンガリーでは各家庭での酒造りも盛んで、親しい人たちは持ち寄って味自慢をしているのだが、パーリンカも一般的に家庭で造られている酒の一種だ。このあ
たりで造られているハンガリーの酒といえばもう一つ「ウニクム」を忘れてはならない。197年ヨーゼフ二世のために造られた、日本の養命酒のような色をした酒でこれがまた驚くほど苦い。チェコのベヘロフカ(3)に近い。

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