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日本と海外の酒めぐり
イタリア紀行
輝きだしたグラッパ  
安酒から高級酒へ
 グラッパはワインを造るために使用した葡萄の搾り滓(ヴィナッチャ)を固形のまま直接蒸留した蒸留酒である。1989年のEUの蒸留酒に関する法律によりグラッパの名称はイタリア産のものに限り使用を許可される ことになった。今やグラッパはイタリアが誇る国民的蒸留酒だ。酒屋のウィンドーには様々な意匠を凝らした美しいグラッパの瓶がずらりと並んでいるし、レストランもグラッパの品揃えを自慢するかのようにワゴンに並べて食後に薦めに来る。洒落たバルやカフェで女性が細身のグラスでグラッパを楽しむ光景も珍しくなくなった。海外でも人気で、ブランデーやウイスキーにかわる選択肢のひとつとしての地位を固めつつある。有名ワイナリーもこぞって自社ブランドのグラッパを販売しており、今や欠かせない商品となった。
 このようにすべてが順調で今まさに輝いているグラッパであるが、実はつい20年ほど前まではイタリアでも下品で粗野な酒として蔑まれていた安酒であった。兵隊や農夫が飲む酒とされ、普通の家庭で飲まれることもほとんどなかったし、高級レストランにはコニャック、アルマニャック、モルト・ウイスキーは置いてあっても、グラッパが置かれていることは少なかった。
 それがどうしてわずか20年ほどの間に高級イメージを確立し、世界中で愛される蒸留酒となったのか。グラッパ革命とも呼ばれるその歩みを振り返ってみる。

品質より必要
 グラッパという単語がイタリア中で知られるようになったのは、意外に新しく20世紀の初めでしかない。その語源に関しては様々な説がある。イタリア語で葡萄の房を意味するグラッポロから来るという説や、果梗(かこう)を意味するグラスポから来るという説、またはヴェネト州にあるモンテ・グラッパ(グラッパ山)から来るという説、フリウリ州の方言スニャパから来るという説などが主なものであるが、結局はっきりしたことはわからない。
 しかし、どのような名前で呼ばれていたにしても、グラッパはワイン造りの過程で出てくるヴィナッチャを蒸留したものであるから、ワイン産地では原始的な形であれ常に造られてきたことは確かである。かつ葡萄の搾り滓という、いわば廃品で造った蒸留酒だから、安くて手っ取りばやい蒸留酒として、昔から貧しい人々に飲まれ親しまれてきた。
 昔は農家が簡単な蒸留器で自家蒸留するというのも珍しいことではなかったし、20世紀初頭にはイタリアには約2000の蒸留所があった(現在は約130)といわれているから、かなり技術の劣った蒸留所も多かったと想像される。当時グラッパの値段は安く蒸留所も貧しかったから、ヴィナッチャの代金も蒸留したグラッパで払うのが普通だった。もちろん地元以外の市場はなかった。この時代の蒸留所の最大の関心は、いかに多くのアルコール分をヴィナッチャから取り出せるかということで、よい風味をもったグラッパを蒸留することではなかった。
 ヴィナッチャは様々な豊かなアロマを持った素晴らしい素材だが非常に傷みやすいため、よほど新鮮なヴィナッチャを高い技術をもって蒸留しないかぎり、なかなか美味しいグラッパは蒸留できない。それどころか伝統的に行なわれていたようにヴィナッチャを長期間保存して蒸留すると、メチル・アルコールを多く含む酸っぱくて、黴臭く、かつ非常に胃に重いグラッパとなってしまう。今でもイタリアの田舎に行って地元の素朴なトラットリアやオステリアで食事をすると、食後に主人または隣のテーブルにいた人からグラッパをご馳走(無理強い?)されることがあるが、このようなグラッパの中には今でも本当に酷いものがある。悪いグラッパは突き刺すような香りで口の中では焼けるような風味がする。
 バターや腐りかけのチーズの様な味がするときもあるし、もっと酷い場合には臭い靴下、燃えたゴム、腐りかけた魚のような臭いがするものもある。これらはほとんどヴィナッチャの欠陥からくるもので、以前はこのようなグラッパが普通だった。
 しかしこのような低品質のグラッパであっても、貧しい人々が手に入れられる唯一の蒸留酒だったので、冬が寒い北イタリアを中心に生産、消費されていた。それも風味を味わって飲むというのではなく、体を暖めたい時や、気合いを入れたい時に小さいグラスに入れて一気のみするといったような飲まれ方が中心であった。肉体労働者にとっては栄養、カロリー源と考えられていたし、風邪を引くと暖かいミルクに蜂蜜と一緒に入れて寝る前に飲んだり、歯が痛い時はグラッパを綿に浸して麻酔代わりに使うといったようなことも行われていた。

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