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日本と海外の酒めぐり
イタリア紀行
輝きだしたグラッパ  
グラッパ・ディ・ファットリアと市場の拡大
 そしてその後1980年代に入りもう一つ重要な現象が加わる。グラッパ・ディ・ファットリアと呼ばれるグラッパである。これはワイナリーが自分のところのワインに使った葡萄のヴィナッチャを蒸留所に委託蒸留してもらいオリジナルブランドとして販売するグラッパだ。今イタリアにあるグラッパの種類は一万以上といわれているが、そのほとんどがこのグラッパ・ディ・ファットリアだ。国際的知名度も高いワインの名声を巧みに利用して、かつ好きなワインのヴィナッチャで造られたグラッパを飲んでみたいというワイン・ラヴァーの心理に見事に合致したこれらのグラッパはあっという間に大成功を収めた。特に海外では蒸留所の良し悪しなどほとんど知られていないが、有名ワインの名は知れ渡っている。だから消費者はノニーノ蒸留所のグラッパ、ベルタ蒸留所のグラッパといった選択ではなく、サッシカイアのグラッパ、ルーチェのグラッパ、ガイアの単一畑のグラッパといった選択をするのだ。そして国内外で大成功を収めたこれらのグラッパ・ディ・ファットリアは、従来グラッパが参入できなかった市場の扉を開いた。それは従来ワインは購入していたがグラッパは購入していなかった高級レストランと海外市場だ。
 そしてグラッパ・ディ・ファットリアがもたらしたもう一つの現象は、グラッパ生産地域の拡大である。イタリアは全土がワイン産地だが、蒸留所はどちらかというと北部にかたまっていた。ところがグラッパ・ディ・ファットリアの成功により従来伝統的グラッパ産地でなかったトスカーナやシチリアにも蒸留所が誕生するようになった。それによりグラッパを消費する習慣がなかった地方でも、その土地のワインのヴィナッチャを使いグラッパが造られ、かつ自分たちの蒸留酒として消費されるようになった。グラッパは真の意味で国民的蒸留酒となったのである。

素材と造り手が見える酒
 単一品種グラッパとグラッパ・ディ・ファットリアの成功は、グラッパは葡萄品種、そ
れが栽培される畑、それからワインを造る生産者の個性をストレートに反映する蒸留酒で、だからこそ多様で個性の強いグラッパが数多く生産されるのだということを示した。そして素材の持つ多様な個性、複雑さこそがグラッパ最大の魅力だ。だから高品質のグラッパを目指す蒸留所はクリーンだがニュートラルなグラッパを造る連続式蒸留機ではなく、多少欠点はあっても素材の複雑な風味をそのまま伝えてくれる単式蒸留器を選択している。消費者は素材の風味をそのまま楽しもうとするから、グラッパはストレートで飲まれ、水、氷で割られることもカクテルに使用されることもほとんどない。樽熟成のグラッパが少ないのも同じ理由だ。
 不純物の少ないニュートラルでクリーンなスピリッツを自由に楽しむという白色革命と は全く逆の方向を目指し、素材の特徴を反映した複雑な手造り蒸留酒という方向を目指すことによりグラッパ革命は成功した。アクの強い風味で敬遠されていたグラッパだが、その自らの特徴を否定することなく、素材と直結することによりその独特の風味を強い個性として魅力に変えた。食、酒の世界にも均一化の波が押し寄せてきている今日、消費者が実は切実に求めている素材と造り手の顔が見える製品というものになり得た点が、グラッパ革命成功の最大の原因といえよう。

【プロフィール】
宮嶋 勲(みやじまいさお)
1959年京都生まれ。
1983年東京大学 経済学部卒業。
1983年から1989年までローマ在住。
1997年より月刊誌『ヴィノテーク』専属ワインジャーナリスト。

月刊酒文化(2003年6月号)

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