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日本と海外の酒めぐり
韓国「飲酒作法」紀行
韓国の飲酒作法  
はじめに
 韓国には、飲酒にまつわる話が多くある。これらの話を集めた文献として、李景燦(イギョンチャン)の 『韓国人の酒道』、李外秀(イウエス)外による『エッセイ・酒』といった著作や、徐燉永(ソドンヨン)の「韓国の飲酒礼法に関する考察」、李勳鐘(イフンジョン)の「酒と礼節」などの論文がある。それらの中には、梁柱東(ヤンジュドン)の『文酒半生記』、朴斗鎮(パクドゥジン)の「酒縁記」、 卞榮魯(ビョンヨンノ)の「酩酊40年」など、酒を友として人生を歩んできた作家や詩人による随筆や、趙之薫(チョジフン)の「酒道有段」、チェ・スンボムの「酒中守則」など、酒はかく飲むべしを綴ったものがよくとりあげられている。
韓国の文人たちによって書かれた、酒をいかに楽しむか、酒はいかに飲むべきかといった話には、二つの特色が見られる。一つは、孔子や老荘思想、李白や杜甫、林語堂など、中国の飲酒論が多く引用されていることである。もう一つは、『韓国人の酒道』という本の中にも「ソンビ(儒学者)社会の酒道」という章がもうけられているように、儒教の教えに則った酒の礼節が強調されているということである。
 儒教は孔子を創始者とする実践的倫理思想とその教説であり、中国では漢の時代に政治権力と結びつき、封建社会を特徴づけるイデオロギーとしての地位を確立したが、その後2500年の間に何度も批判され、1960年代から70年代にかけて孔子と儒学者を批判する「批孔批林」運動が展開され、孔子は完全に葬られてしまった。一方韓国では、李朝500年の間儒教を国教とし、孔子と儒教を信奉する人々を養成する「郷校」が各地に建てられ、その教えは社会のすみずみにまで浸透した。そして、それは現在も社会倫理、生活規範の本となり、礼節としてさまざまな
形で生きている。本稿では、韓国社会において、こうした儒教の教えと関連して、酒の作法がどのように伝えられているかを見てみることにする。

一 韓国社会における飲酒
 韓国では、酒場において独り酒という姿を見ることはほとんどない。人が集まり、そして酒を楽しむ。多くの場合、それは侃侃諤諤(かんかんがくがく)の議論を伴い、時として喧喧囂囂(けんけんごうごう)たる様相を呈してくる。
文化人類学者の崔吉城(チェキルソン)は「韓国における酒」という論文において、「酒は他の物に比べて誰にでもすすめやすい性格をもっている。スルインシム(酒人心)という言葉はこのことを意味する。(中略)一人で飲むよりは、他人と交盃しながら社会的交際、あるいは集団的雰囲気に合うように酒の効果を発揮させることが、酒を飲むことに関して一般的に望まれていることである」[崔吉城 1976〜19]と述べている。また、社会学者の崔在錫(チェジェソク)も、その著『韓国人の社会的性格』の中で、韓国社会での酒の効用について、その第一に共同体の結束の促進をあげ、「飲みたくない酒でも、自分の集団や共同体のためには飲まなければならず、酒によってはじめてかたくるしく気づまりな雰囲気を融和させることができる。いまでもたいていの宴会は、酒が飲める飲めないにかかわらず、酒ひとつによって統一されているのがつねである。酒の飲めない者は話し相手にもならず、正常な成員とみなしてもらえない場合がある」[崔在錫1977〜176]と述べている。つまり、韓国社会では、酒はまず独りで飲むものではなく他人と共に飲むものであり、また酒を飲まないものは共同体の成員としても認められないのである。

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