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日本と海外の酒めぐり
韓国「飲酒作法」紀行
韓国の飲酒作法  
二 酒はオルンの前で習え
 韓国社会では、このように他人と一緒に酒を飲むことが一般的であるが、その場合に最も強調されるのが儒教的な礼儀である。ことにオルン(年長者、目上の者)と一緒の酒席においては、必ず両手を添えて酌をしなければならないし、飲む時は目上の者と顔を合わせないようにして、必ず横を向くかあるいは後ろを振り返るような姿勢で飲まなければならない。また、目上の者と一緒の席で酔っぱらって礼儀を忘れることは、この上もない失態とみなされる。
 酒において儒教的な礼儀を教える言葉が、「酒はオルンの前で習え」である。韓国の農村生活を通して、そこに生きる人々の生活を活写した嶋陸奥彦は、この言葉の意味を、「酒を飲むと酔っぱらって礼儀にはずれる行動に出がちである。しかし、オルン、すなわち年長者のいるところでは常に礼儀作法に気を配っていなければならないので、酒に飲まれないように緊張することになる。だからオルンの前で酒を飲めば、礼節をふまえて酒を飲む習慣ができ、道にはずれることはない」[嶋 1985・37〜38]と解説し、こうした礼儀作法が農村において忠実に守られている状況を説明している。
 近年、都市の方からだんだんと儒教的な礼儀作法が薄れていく傾向にあると言われているが、酒とタバコに関する礼儀作法は都市においてもかなり厳しく守られている。
朝鮮の食文化を研究する鄭大聲(チョンデソン)も「儒教文化の一つとして一般に日常の礼俗作法はきびしかった。いまもその名残りが厳然として存在する。食作法がそうであり、酒をいただくマナーもしかりである」と述べ、「父親や年配者の前では飲酒は慎むのが原則である」という飲酒の礼儀とともに、「来客の接待での酒食のもてなしは、男性客に対しては家人といえども女性が膳や料理を運ぶことはしないし、酒を注ぐこともない。隣り部屋に準備された酒食類を男性が客前に運び、酒を注ぐことになっていた」[鄭大聲 1992・4041]という酒の接待での礼儀を紹介している。
 このほかにも、もともと目上の人に対しては杯を合わせるような乾杯をしないが、乾杯をする場合には、相手の杯より自分の杯を下にして乾杯をしなければならない。酒を注ぐのは、相手の杯が空いてからにしなければならない。といった酒の席での礼儀は、日常の酒席で容易に観察することができる。

三 『韓国民俗綜合調査報告書(礼節篇)』に書かれた酒礼
 こうした酒の席での礼が、各地でどのように伝承されているのかを知るために、『韓国民俗綜合調査報告書(礼節篇)』によって調べてみた。この報告書は、総論と基本礼節に次いで、韓国各地方の生活礼節、儀礼礼節、血縁礼節、社会礼節についての調査結果が記述されており、生活礼節の一つとして「酒法」があげられている。
まず、韓国北部に位置するソウル・京畿・江原道では、「酒を飲む法は、年長のオルンの前で酒を飲むことはできるが、必ず両手で杯を受け、後ろを向いて飲むのが礼である。杯に酒を注ぐ時は必ず右手で注ぐ。家庭で女性が男性に酒を注いではいけない。これは地域に関わらず、これまで続いてきた酒道である」[文化財研究所 1987・146]と書かれている。
  西南部の全羅道では、「今回の調査を総合して見ると、酒法と関連しては大体次の二つが問題になる。一つは父の前で息子が酒を飲むことができるか、もう一つはオルンの前で酒を飲む時、身体を回して飲むのかということである」[同右書・280]。前者については、「ここ湖南地方では相当数の礼文家で父子間で酒を飲むことができると考えてきたことが分かるが、一方でこれを禁ずる家もいくらかあることが分かる」[同右書・281]。後者については、「オルンの前で酒を飲む時、身体を回して飲まなければならないと礼書に書かれているためにそうしなければならないという主張は、全く根拠のない主張だということである。今回の調査で、ある人は身体を回して飲むのが見苦しいという反面、別の人は身体を回して飲むのが自然に見えるといった。結局、この点に関しては酒法による明白な結論はないことになり、この地方では家によってそれぞれ施行されてきているというしかない」[同右書・281]とある。父子間での酒礼とオルンの前での酒礼は、礼文家(礼法に精通しそれを守る人)の間や礼書ではないと指摘するものの、このことが議論されること自体、この二つの問題が人々に広く認識されているという証左であろう。
東南部にある慶尚道では、いくつかの地方ごとに調査がなされている。地方ごとに調査がなされるのも、慶尚道が礼法に厳しい「両班(ヤンバン)の故郷」と呼ばれる由縁かも知れない。
  月城地方では、「万一オルンと同じ場所で酒を飲む機会がある時には、下の人が上の人にまず杯をさしあげる。万一オルンが注いでくれる時は、杯を受けて横に若干向いて座って飲み、その杯は膳の上にのせず膳の下に置く。オルンが再び酒を勧める時には、再び膳の下に置いた杯に受ける。オルンの前では三杯以上飲まないのが礼儀であり、また礼を知るオルンは三杯以上勧めもしない。万一酒を飲めないとか飲むのがいやな時には杯を受けて膳の上にのせておき、その状態や都合をオルンに暗示的に見せる。酒を飲み空いた杯を膳の上にのせるのは、みな飲んだので、オルンにさらに注いでくれという意味で、非常に失礼になる。父子間が酒を同じ席で飲めるのは、祭祀をした後の飲福(ウムボク)(直会)の時以外には絶対にない。この飲福酒も三杯以上は飲まない」[同右書・421]。
 咸陽地方では、「下の人は上の人と酒を一緒に飲むことはできない。ただ飲福時には同じ席で若い人が酒を飲んでも知らないふりをする。礼法によれば絶対にあってはならないが、譲歩するということである。オルンが飲福酒を飲む時には若い人がその酒の世話をする。世話をする過程でオルンが酒を勧めても飲めないと辞譲する」[同右書・421〜2]。
 星州地方では、「酒は三杯以上飲まないがその理由は最初の杯は浩蕩(こうとう)させ、二杯目は淫乱にさせ、三杯目は狂わせるからだという。年長の人とやむを得ず酒を飲む時は、少し斜めに身をおいて飲み、下の人は一杯以上は飲まない。なぜなら二杯以上飲むと淫乱になるためである。酒は必ず下の人が上の人の杯にまず注ぎ、下の人が杯を空けたとしても、空いた杯を上の人に勧める法はない。下の人が
上の人の前で酒を飲む時は、少しずつ飲まず一息に飲む。しかし、同年輩同士で酒を飲む時は、少しずつ飲んでもよい。昔は杯で身分を確認することができ、両班は銀の杯をもって歩いたという。したがって自分の杯は自分が持って歩いたので、他人に自分の杯を渡さなかった。これを馬上杯と呼んだ」[同右書・422]。

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