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酒で巡る韓国の旅
酒で巡る韓国の旅  
伝統民俗酒への関心
 李氏朝鮮時代には、酒造業が企業化しなかった分、家醸酒づくりが盛んになり酒が多様性に富んでいました。社会情勢や制度変化などによって、現在はビールと希釈式焼酒ばかりになっていますが、伝統的な民俗酒を復活・育成しようという動きがなかったわけではありません。
 一九七〇年代の後半に当時のパク・チョンヒ大統領は民俗酒を再評価。保護育成する方針を打ち出し、国内外の有識者・専門家が韓国の伝統的な民俗酒の調査を進めます。一九七九年のパク大統領の暗殺事件で頓挫しかけますが、チョン・ドゥファン大統領時代の一九八六年にムンベ酒が国の重要無形文化財に指定されます。この頃まで、穀物を原料に酒をつくることが禁じられていましたから、本当によく伝承されたものです。おそらく冠婚葬祭など人生儀礼に際し、こっそりと特別につくられ、伝えられてきたのでしょう。
 ムンベ酒は、ヌルッに蒸した粟・高粱を三回に分けて加えて醗酵させ、韓国の伝統的なソジュコリ(蒸溜器)で蒸溜した酒です。もともとはピョンヤンの酒で、朝鮮戦争でソウルに移ってきました。ムンベというのはピョンヤン地方の野生の小さな梨のこと、香りがその花の香りに似ていることからムンベ酒と呼ばれます。製造方法を伝承しているのは人間文化財に指定されている李基春(イ・ギチュン)氏だけ(図表7)。いま、李氏はその技術をご子息に伝えようとしています。

 ヌルッづくりを実演してくれた安東焼酎(図表8)は、慶尚北道の重要無形文化財に指定されています。安東焼酎は両班(ヤンパン)(韓国の貴族階級)の家に伝承されてきた焼酎です。伝承するのはチョ・オクファさん八三歳。一六歳の時に母と祖母と一緒に焼酎をつくって以来、今日までその技術を受け継いで来ました。この焼酎の特徴は米を主原料とするところにあります。裕福な両班の家醸酒ならではのことでしょう。安東で蒸溜酒づくりが盛んなのは、一三世紀に元が攻め込んできた際、この地に兵站基地を置いたからと言われます。元はユーラシア大陸を駆け巡りアラビア人を登用しました。彼らがもつ蒸溜の技術が安東の穀物酒づくりの伝統と組み合わさって、焼酒の産地として広く知られるところとなったのでしょう。
  一方、慶州の校洞法酒(キョドンボブチュ)は朝鮮王朝時代の宮中の酒です。宮中で料理長を務めていた九代前のご先祖が、この酒を催家に伝えたと言います。やはり重要無形文化財に指定されており、ベ・ヨンシンさんが技能を伝承しています(図表9・10)。三〇〇年近くも受け継がれてきたこの酒は、ヌルッと糯米でつくる醸造酒です。上質の味醂や貴醸酒に通じる、濃厚で複雑な味わいで、極上のシャンパンを思わせる深みのある照りがありました。そして校洞法酒は酒の完成度の高さもさることながら、酒肴が際立って上品です。干鱈をほぐして塩・砂糖・胡麻油で味付けしたでんぶ、牛肉を丁寧に叩いた干肉、千切りの唐辛子とイシモチを加えて漬けた白菜キムチ、胡桃を干し柿で巻いたお菓子など、膳に並ぶひとつひとつの料理は、ことごとく美味。さすがかつて韓国きっての富豪として知られた催家の酒肴です。
  韓国でも独特の文化をもつ済州島の民俗酒として無形文化財指定を受けているのは、オメギ酒とコソリ酒です(図表11・12)。オメギ酒は餅粟を主原料とした醸造酒で、餅粟でつくった餅を茹で、それをへらでつぶして細かく砕いたヌルッと混ぜ合わせて仕込みます。見た目は少し緑がかったミルクティーのようです。シャープな酸味のマッコルリという感じの味で、アルコール度数は五〜六度でしょうか。済州島には田が、島の面積の一%しかありません。貴重な米は酒には使えなかったのでしょう。技能伝承者のキム・ウルジョンさんは「昔は餅粟のほうが(米より)安かったからこれでつくりましたが、今では餅粟のほうが高いんです」と笑い、「(酒をつくることは)禁止されていたのですが、お祝いやお祭りの時にはこっそりつくっていました。でも、つくり方を知っている人は本当に少なくなりました」と言う。
 キムさんは、お嬢さんにオメギ酒の伝承者を、息子さんにはコソリ酒を引き継がせるつもりのようです。コソリ酒はオメギ酒を蒸溜したもので、いわば餅粟焼酎というところ。きっとオメギ酒が保存が利かないために蒸溜したのでしょう。モンゴルで馬乳酒を蒸溜して保存するのとよく似ています。そして、済州島にも元の兵站基地が置かれていたそうで、競馬と蒸溜酒は元の置き土産ようです。
  今、オメギ酒とコソリ酒は済州島の特産品として販売する計画が進んでおり、工場の建設が具体化しています。近い将来、日本でもオメギ酒が飲めるようになるかもしれません。
 伝統的な民俗酒に関心が向けられ、技術伝承にエネルギーが注がれることは好ましいことです。そうした酒が知られ、買い求める人が増えるにつれ、工業化し製造能力の拡大が図られるのも自然なことです。ただし、製造能力の増強や効率が優先され、本来の酒づくりと乖離してしまうことには、注意しなければなりません。ムンベ酒と安東焼酎はすでに工場生産が始まっています。文化財として、人々の理解が得られ続けながら発展することを期待したいと思います。

写真提供『週刊新潮』/撮影 西村 純

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