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中欧「酒と水」紀行
中欧「酒と水」紀行1 オーストラリア  
モンゴルの乳加工
モンゴル遊牧民の食文化は、赤い食べものといわれる肉類と、白い食べものといわれる乳を柱とする。特に乳は、農耕と切り離した牧畜を展開するモンゴルでは重要である。家畜を肉として食べることは再生産を難しくするが、乳は大地の草を家畜たちが人の食に適するものに変えたものであり、継続的に食を得ることを可能にする。したがって、乳を保存できるように加工し、無駄なく利用する文化はきわめて発達している。
牧畜が農耕と強く結びついたかたちは、地中海地域に典型的に見られる。ひとところに定住し、農耕とともに家畜を飼う。農閑期の畑に家畜を放ち、草を食ませ堆肥を得るという具合につながっている。この違いは、チーズなどの乳加工の文化をもちながら地中海地域には乳を利用する酒がほとんど見られないのに対して、モンゴルでは乳を原料とする酒が主となっていることと無関係ではあるまい。
乳は糖分を含み酒の原料として利用できるが、ぶどうや穀類に比べて酒の生産性や扱いやすさという点で優位性はない。果実や穀類を容易に入手できる農耕文化圏では、乳酒は生まれにくいと考えられる。
また、乳加工の手法の違いも乳酒の有無を決めているように思われる。地中海地域では反芻動物の胃にあるキモシンという凝乳酵素を利用して、乳を固めてチーズなどに加工する。乳を家畜の胃袋に保存すると固まるところから発達した手法といわれる。一方、モンゴルの乳加工は乳酸発酵を積極的に利用する。
酸によって乳を凝固させるのである。乳酸発酵はアルコール発酵に直結し、乳酒を得る可能性はキモシンを利用する場合に比べて格段に高まる。
もうひとつのモンゴルの乳加工の特徴は、最初の段階で乳脂肪を分離するセパレート方式であることがあげられる。全乳からクリームを取り出し、次に酸を利用して乳たんぱく、乳糖を分離していく。こうした手法が幅広い乳製品を得ることを可能にしている。冒頭に遊牧民宅で食べたチーズに酸味の強いものとそうでないものがあったと述べたが、その違いは乳脂肪を分離し乳酸発酵が進まないうちにチーズに加工したものと、乳酸発酵を十分に進めてからチーズにしたものの違いである。
こうした乳加工の文化については石毛直道編著『モンゴルの白いご馳走』(チクマ秀版社・平成九年)に詳しい。


食べ物としてある馬乳酒
さて、乳酒である。乳を原料にした酒はモンゴルだけなく、南ロシアのクミス、コーカ
サス山岳地帯のケフィアなどユーラシア乾燥地帯に広く分布している。なかでももっとも広く知られるのがモンゴルの馬乳酒で、遊牧生活が健在でありいまもしっかりと飲まれている。
モンゴルでは搾乳量が豊富な夏の間に、たくさんの乳製品が作られるが、馬乳酒もそのひとつ。チーズやバターオイルなどは主に牛乳から作り、馬乳は基本的に馬乳酒にしか加工しない。脂肪の分離やチーズに加工することが難しいからだ。馬乳が得られるのは春に馬が出産してから秋までの間。馬乳は一頭から一回に約二〇〇'ずつ、一日に七〜九回搾る。母馬の乳を子馬に吸わせ、母馬を安心させておいて途中から人が乳を盗む。六月の巳か寅の日(ウランバートルなど都市部では夏至の日)から、一〇月の戌の日(主が選ぶ)までが、馬乳酒のシーズンである。
搾った馬乳を集めて容器に入れ、前日の残りの馬乳酒を発酵のスターターにして、三〇〇〇〜四〇〇〇回ひたすら攪拌する。発酵容器は七年ものの牛の胃袋が最上とされる。熱を発散しやすく密閉できる皮袋は馬乳酒づくりに最適なのだという。しかし、近年の旱魃で多数の大型家畜が死に、この皮袋の入手が難しくなっている。訪ねた遊牧民宅でもポリタンクを使い、蓋をして羽根の付いた棒を使って攪拌していた。この作業は基本的に女性の仕事で、夏の間モンゴルの女性は、睡眠時間を削って馬乳酒づくりに追われる。
馬乳酒を作らない冬の間、次の夏の発酵のスターターとして馬乳酒をフェルトの布に染み込ませて保存する。この伝統的な手法は減少しており、現在は牛乳を乳酸発酵させた醪を最初のスターターに用いることが広がっている。馬乳酒を飲むようになる前の一時期、牛乳酒を代用する時期があり、これを馬乳酒づくりに利用するのである。
馬乳酒のアルコール度数は二%程度。女性や子供も飲む。成人男性には一日に三〜四リットルも飲み、食事代わりにする人も少なくないという。酒という意識はなく、まったくの日常の飲み物(食べ物)として扱われている。ただし、ビールには黄色い馬乳酒(シャル・アイラグ)という言葉が当てられている。ビールは酒と考えられていないのか、あるいは馬乳酒も酒という意識が若干もたれているのか判断に迷う。

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