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社交を彩る酒の文化
社交を彩る酒の文化  
メニューに込めた大統領の意志
エリゼ宮の外観 小渕首相を歓待したシラク大統領の意図を探るとなかなか興味深い。親日家の大統領の下で両国関係は極めていい。日本の経済テコ入れ策を米国が「ツーレイト、ツーリトル(遅くて少ない)」と言うと、シラク大統領は「日本はやるべきことをやっている」と擁護する。フランスにおける日本年、日本におけるフランス年と、1年交代で行っている文化事業でも、門外不出の国宝級の芸術品が行き来している。
もう1点深読みすれば、この訪問前、自自連立が成立し、小渕政権が求心力を増したことも高いもてなしと無縁ではないように思われる。94年5月、少数与党の連立政権である羽田首相が訪れた時、同政権が短命で終わるとみたミッテラン大統領はボルドー、ブルゴーニュという二大銘醸地のワインを出さず、ロワール、プロヴァンス両地方のワインでお茶を濁した。これを考え合わせると、小渕首相に対する期待がメニューに反映していると見るのもあながち間違いではなさそうだ。

エリゼ宮のメニューには、もてなす相手がフランスと、そして時の大統領にとってどれ程重要かが如実に表れる。賓客を皆同等に遇する訳でなく、様々な格付けをメニューを通して行っている。この発見は、外交というものをメニューを通して読み解く新しい視点を、私に与えてくれた。 フランスの饗宴外交を取材しようと思い立った私は、エリゼ宮のプレス・アタシェ(広報官)に手紙を書いた。フランスでは込み入った取材の申し込みは、まず手紙でするのが慣わしになっている。
「エリゼ宮の饗宴を彩るフランス料理とワイン、シャンパンは、フランスが世界に誇る文化の精髄です。外国の賓客はエリゼ宮の一夜の饗宴を通じてフランス文化に触れ、フランスのイメージを自分の中に結びます。エリゼ宮の人々がどのように饗宴を準備されるか、日本の読者に舞台裏の一端を紹介したく、取材の便宜を取り計らっていただければ幸いです」
饗宴がどのように準備され、本番に向けてどのように組み立てられていくのか。そこにどのような政治意思が関わっているのか。政治と饗宴料理の結び付き、言うならばエリゼ宮の美食外交の真髄に分け入りたいというのが私の狙いだった。
程なく広報官から電話で返事があった。取材意図は了解したので、エリゼ宮の執事長と連絡をとって欲しいという。この時はまだ、執事長というものがどのような仕事をしている人か知らなかった。

饗宴外交の舞台裏
取材しているうちに徐々にエリゼ宮の組織図が頭に入ってくるのだが、執事長は大統領夫妻の私生活全般を取り仕切る責任者だった。エリゼ宮の当主である大統領の下で、執事長は料理人、ワイン担当者、執事を配下に置いて采配を振るう。饗宴メニューも執事長が原案を作り大統領の裁可を求める。つまり私は、美食外交を舞台裏で支える人々の元締めとなるキィ・パーソンを紹介されたことになる。
執事長は大統領のプライベートな部分に関わるから、大統領が替わると執事長も一緒にエリゼ宮を去る。当時の執事長はカミーユ・ダヴェーヌ氏で、ミッテラン大統領に仕えていた。気さくな人柄だが常に忙しく、約束の時間に出向いても執務室にいたことがなかった。エリゼ宮の正門を入ってすぐの建物の一角にある執務室でしばらく待っていると、「お待たせしてすみません」と息せき切って入ってきた。
彼とは何回会っただろう。私は最初の頃、「2、3回話を聞けば取材は終わるだろう」と考えていた。しかし直に、甘い考えであるとわかった。木に例えるなら、幹から枝へ、枝から梢、梢から葉へと取材は伸びていった。これは饗宴の全貌に分け入っていく過程でもあった。
饗宴は単に料理だけで成り立っているのではない。ワイン、シャンパンなどの飲み物、食器やグラス類、テーブルクロス、フラワー・アレンジメント、テーブル・セッティング、儀典(プロトコール)など、多くの要素が絡み合って、一つの総合芸術を形作っている。このために様々な人が舞台裏で関わっていた。この人たちに話を聞いていくだけでも、取材は長期にならざるを得なかった。
饗宴予定が入ると、執事長は料理長とワイン担当者を集め、3種類のメニューを作って、大統領に上げる。大統領はこの3つのうちから一つを選ぶ。時には大統領はどれも気に入らず、やり直しを命じることもある。エリゼ宮とレストランの最大の違いは、レストランのメニューは数に限りがあるが、エリゼ宮は客の数だけメニューがあることである。一品だけ挙げれば同じものはある。しかし前菜とメイン(主菜)、デザートの組み合わせ。さらにワインとシャンパンの種類を考えれば、同一メニューはあり得ないと断言していい。賓客それぞれに差異をつけて、そこに政治的意味合いを持たせることにこそ、エリゼ宮の食卓の真髄があるからだ。


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