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日本と海外の酒めぐり
永遠の田舎イタリアの酒
永遠の田舎イタリアの酒  
200円ワインとの出会い
屋上の一角に作られたテラス。夕方になるとここで食前酒のワインを酌み交わす この主人と初めて言葉を交わしたときのことを思い出すと、今でも赤面する。ローマに着任し、前任者のアパートを引き継いだ翌日、教えられていたこの市場に出かけた。市場を入ったところで酒屋が目に入り、今晩のワインを買おうと、60歳前後とおぼしき主人につたないイタリア語で話しかけた。
「バローロかバルバレスコ、欲しいのですが」このときの主人のポカーンとした顔に、聞き取れなかったのだと思い、もう一度、最高級イタリアワインの名を繰り返した。
「バローロかバルバレスコ、ありますか」
次の瞬間、主人はどっと笑いころげ、近くにいた人になにごとかを叫んだ。するとその人も爆笑し、笑いは波のように辺りに伝わった。好奇の目がこちらを一斉に見た。
私は最初、何が起きたのかわからなかったが、徐々に事情がつかめてきた。そんな高級ワインは置いていなかったのだ。
「セニョール、うちにはバローロもバルバレスコもないけど、それに匹敵する白ワインはありますぜ」と、笑いが収まったところで主人が言った。こちらも引き下がる訳にはいかなくなって、ムキになった。
「美味しさを保証してくれるというなら1本もらいます」
下方が膨れた独特の形のボトルを出してきて、主人が「2500リラ」と言った。今度は私が耳を疑う番だった。日本円にすると200円足らずではない か。「2500リラですか?」「そう、2500リラ」主人は無造作に3000リラを受け取ると、500リラ硬貨の釣り銭を返して寄こした。
帰る道すがら、だんだん腹が立ってきた。こんな安ワインを押しつけて、日本人とみて馬鹿にしたのだろう。もう二度とあんなところで買ってやるものか。このワインは料理にでも使ってやろう。アパートに帰るとワインのラベルも見ずに、ボトルを冷蔵庫に入れた。

それから数日経った夜、夕食にアサリとパスタでボンゴレを作った。これは私の得意の一品で、手間ひまかけずに確実に美味しく作れる。
まず大鍋にお湯を沸かし、塩を一掴み入れてパスタをゆでる。横のガス台では、フライパンでみじん切りしたニンニクをオリ ーブオイルで炒める。オイルに香りがついたところで、アサリを放り込む。オイルがはぜ、アサリをから煎りしているときに、気がついた。アサリを蒸し煮するためのワインである。そうそう、数日前買って、料理用にとっておいたワインがあるじゃないか。あれを使おうと、冷蔵庫から取り出して栓を抜いた。
ニンニクもこんがりとして、ワインを入れる頃合いである。一口らっぱ飲みでワインの味見をした。そのとき、あれっと思った。冷えて酸味の利いた澄明な液体がのど元を過ぎていく。うまい!瓶を改めて見た。間違いなくあの市場の酒屋で2500リラで買った白ワインである。
フライパンにワインを注ぎ、蓋をしてアサリを蒸し煮する。ややあって貝がぱくっと開く音がしはじめる。蓋をとって汁を味見する。煮詰まったワインに アサリのだしが混然一体となって、秀逸な味である。アサリから出た塩で、塩加減も丁度いい。イタリアンパセリを入れ、頃合いよくゆで上がったパスタのお湯を切ってフライパンに移す。アサリと汁にからめて、ボンゴレの出来上がりである。
台所脇のダイニングでいつものように一人の夕食が始まったが、いつにはない優雅な気分だった。
ワイングラスにあの白ワインを注ぎ、じっくりと味わった。しっかりした酸味、清涼感、デリケートな辛口。だが輪郭は明確だった。冷蔵庫に数日置いていたせいか、キリリと冷えて切れ味も小気味よく、イタリアの白ワインの良さがすべてここに凝縮していた。同じワインで作ったボンゴレとの相性も文句あろうはずがなかった。料理とワインが共鳴し、贅沢なひとときだった。料理をたいらげてから、まだワインの銘柄を知らないことに気がついた。改めてラベルを確認すると、フラスカティとあった。

Do in Rome as the Romans do
フラスカティはローマから南東へ10数kmのところにある町だ。ワインの本を繰ると、このあたりの丘陵地帯カステッリ・ロマーニで産するフラスカテ ィ・ワインは、テーブルワインの中ではプリマドンナといわれる。ローマに近く、輸送時間がかからないこともフラスカティを美味しく飲む上での条件に適っていたのだろうが、このワインとの出会いは私のワインに対する考えを根底から変えた。
私がイタリアで知っていた有名ワインは、先のバローロ、バルバレスコのほか、ブルネッロ・ディ・モンタルチーノ、ティニャネッロといったところだった。
トスカーナ州のキャンティぐらいは付け加えてもいいが、ローマを州都とするラツィオ州のフラスカティは寡聞にして知らなかった。ローマの地元ワインといってもいいが、ワインというものは価格でも、知名度でもなく、地元で味わうのが最高のワインであることを教えてくれた。
翌日、市場で酒屋に直行した。すでにアルコールが入っている赤ら顔の主人に言った。「あのフラスカティは最高でしたよ。 また1本いただけますか」「オレの選択は間違ってなかっただろう。値段と味からして、あれがお勧めなんだ」主人は我が意を得たりとばかり答えた。
このとき、初めて店をじっくり見た。1万リラ(約800円)以上のワインはなく、銘柄もほとんど私の知らないものばかりだった。ワインに興味を持っていると知った主人は樽からグラスにワインを注ぎ、私に勧めた。
「フラスカティは以前は、樽のままローマに持ってきて売ってたんだ。トラットリア(軽食レストラン)では樽ごと冷やして客に出していた。もうそんなことをするとこはないが、ウチはまだ樽から量り売りしているんだ」
1r 千リラ(約80円)。近くのレストランがハウスワインとしてまとめ買いするほか、経済的に大変な大家族のところも5r 、10r 入りの大ボトルに入れてもらって買っていくという。
ということは私が買った2500リラのフラスカティ(1.75r )は決して安価でない。「その通り。フラスカティのスペリオーレ(上等)で、樽ものよりずっと美味しい」
主人は私に新しい瓶を、「フラスカティ・スペリオーレ」のラベルを見せながら寄こした。1本200円足らずのワインが輝いてみえた。
日本から休みを利用して友人がローマにやってきたとき、私が手料理を作り、フラスカティでもてなした。ワインには一家言あるこの友人が一口飲んで、「美味しい。これがあったら、何も高い有名ワインをわざわざ買うことないね」と言った。
ローマでの二年間、冷蔵庫にフラスカティを切らしたことはなかった。もちろんバローロやバルバレスコも楽しんだが、しかしそれはワイン好きの来客があった場合で、ふだんはフラスカティで十分だった。


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