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観光開発とミャオ族の酒文化
観光開発とミャオ族の酒文化  
ミャオ族の酒文化の伝統
中国にいる五六の民族には、それぞれ独自の飲酒慣行と酒による洗練されたもてなしの伝統がある(回族を除く)。しかも、民族によって飲酒に対する価値観は多様であり、泥酔するほど酔うことに対して否定的な「酩酊否認型」とそれに対して肯定的な「酩酊是認型」に分けられる。
酩酊否認型の民族としては、漢族をあげることができる。漢族は正月や冠婚葬祭などハレの場において、ゲストに最初から酒を出すことはなく、先ずお茶でもてなす。諸兄のなかには、中国の酒といえば度数の高い茅台酒を思い浮かべ、茅台酒をグイグイ飲み干しても酩酊しない中国人(この場合は漢族)の姿を想像するかもしれない。その想像の通りミャオ族の酒文化の伝統漢族の人は人前で滅多に酔わない。その理由は漢族が酒に強いからではなく、酒に溺れないように自己規制しているからである。孔子は飲酒のたしなみについて『論語・郷党篇(きょうとうへん)』のなかで、「惟(た)だ酒は量無し、乱に及ばず(飲酒に一定量は無いが、適度であって、身体や精神が乱れる程には達しない)」と説いている。漢族の禁欲的な飲酒スタイルは二千年以上にわたる儒教の伝統といえる。
一方、酩酊是認型の民族としてはミャオ族があげられる。ミャオ族は主に貴州省(きしゅうしょう)や雲南省(うんなんしょう)など西南中国に広く分布し、中国の少数民族のなかでは四番目に大きな集団である。ハレの場において、ミャオ族は最初からゲス トに酒を勧める。しかも、ホストはゲストに対して酩酊することを期待し、ゲストが酩酊することは客としてのマナーにかなったことと見なされている。

ホスト側がゲスト側に酒を勧めているところ。 ミャオ族が酒宴を行う機会は多い。正月や稲の初穂儀礼(穂掛け)、一二年ないしは六年に一回行われる「鼓社節(こしゃせつ)」と呼ばれる祖霊 祭(祖先の霊が宿ると信じられている太鼓を一族でともに祀り、水牛を殺して祖先に供える祭)、新築祝い、結婚式、出産祝い、それに農閑期に女性が実家に戻り、親戚や友人の家を訪ねる「走親戚(ツォウチンチー)」などの行事や儀礼の場において酒宴が催される。これらの酒宴ではホストが自分の杯から数滴の酒を地面に垂らし、その家の祖先に対して敬意を表すことから始まる。
また、こうした行事や儀礼には遠方からゲスト(多くは姻戚関係の人)が訪ねてくるが、ホスト側は「敬酒歌(けいしゅか)」を歌って酒を勧める。 ホスト側はゲストが村に入る時、家に入る時、家を出る時、村を出る時にも、そのつど二人一組になって敬酒歌を歌って、水牛の角を用いた牛角杯または瀬戸物の大碗で酒を飲ませる。この時、ゲストは自分で杯を持ってはならず、ホストに勧められるままに酒を飲み干さなければならない。下戸であっても、杯に口だけはつけなければ、ホストに対し礼を失することになる。このようにミャオ族の生活と社交において酒は不可欠のものである。

焼酎の製造過程 ミャオ族の造る酒は大きく二種類に分けることができる。一つは甜酒(ミャオ語でジュー・ガン・ナンといい、甘い酒の意)、もう一つは焼酎(ジュー・ザーイ、家の酒の意)である。甜酒の製法は先ずモチ米を蒸して箕きに移し、上からオウ・ガン・ヴィ(米を甑こしきで蒸したあと、大釜に残った水)をかける。発酵温度まで冷却したら麹を撒いてかき混ぜ、甕かめに入れて発酵させる。甕に入れて三日たつ頃には甘くなる。旧暦の九月九日重陽の節句に仕込んだ酒が一番良く、甘味がいつまでたってもなくならないといわれている。酒が少なくなると、水を足して飲み続けることができる。酒液は乳白色で、口当たりがよい。筆者もついつい飲みすぎて、不覚をとった覚えがある。
焼酎の製法はウルチ米ないしは甘薯(肉が赤紫色をしている)を蒸し、麹を撒いてかき混ぜ、甕に入れて発酵させる。四、五日して甘味が出てくると、温水を加えて大釜に移し、底のない甑を大釜の上にかぶせて蒸留する。甑の上部の口に冷水をはった中華鍋を載せ、熱せられたもろみから上がった蒸気が中華鍋の底に触れると冷却され、鍋の底をつたって滴となる。滴は甑のなかを斜めにかけ渡したカケイに沿って甑の外に流れ出て、一か所に集まる仕組みになっている。
ここで特に注目されることは、焼酎を「家の酒」と呼ぶように、各家では麹を団子状にして樽に入れて保存し、酒を醸していることである。この麹によってわが家の酒の味を代々伝えている。中国では法律によって少数民族の言語や文化が保護されており、そのなかで少数民族の酒造りも認められている。

ところで、酩酊否認型の漢族が酩酊是認型のミャオ族をどういうふうに見ていたか、想像に難くはない。たとえば、1910年代と20年代に広西省北部の三江などミャオ族地区で調査し、ミャオ族の文明開化を説いた三江県県令(さんこうけんけんれい) 劉錫蕃(りゅうしゅくばん) は、その報告書『苗荒小紀(びょうこうしょうき)』(上海商務印書館、1925年)のなかで「苗人〔ミャオ族〕は酒を愛すること命の如し。酔凶〔悪酔い〕によりて闘ったり、あるいは人を殺めることは、至る所で見られる」と書き記している。たしかに「人を殺める」ことは言語道断であるが、これは酒文化の違いからくる誤解、偏見である。しかし、漢族の目から見ればミャオ族の文化は「遅れた文化」と映ったのである。

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