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日本と海外の酒めぐり
スコットランド紀行
シングルモルトの旅 グレンフィディック
充実した見学者受け容れ体制
大麦畑と牧草地ばかりが続くスペイサイドで、山間の谷に広がるグレンフィディック蒸溜所は美しい(写真1 )。
見学者の受け容れにはことのほか熱心で、ゆっくりと試飲できるゲストハウス(写真2 )のほかにウイスキーやオリジナルのグッズを販売するショップが併設されている。グレンフィディックはスコットランドで最初にこうした設備を整えた。工場内の設備には見学者向けの工夫が随所に施されている。たとえばガイド役の男性スタッフは民族衣装キルトを身につける(写真4 )。麦汁の糖化槽であるマッシュタンのひとつはセミオープン(なんと一九六五年に設置されたものだ)で、なかの麦汁を直に見ることができる(写真3 )。さらにアメリカンパイン材の発酵槽には、すべてグレンフィディックのロゴが記されている。年間二二万人が訪れる蒸溜所を、ブランドイメージ醸成の拠点として位置付けていることがわかる。



風土と伝統の訴求
見学者である私たちに対してグレンフィディック蒸溜所が繰り返し訴求したものは、伝統的な製法を守り品質を追求しているという一点であった。
原料に関しては穀物を原料とするあらゆる酒造工場が訴えるのと同様に、良質の大麦(スコットランド産のものだけ)と敷地内の湧き水を言う。水質はやわらかく、水源保護のため蒸溜所の敷地は一二〇〇エーカー(約480ha )を確保しているそうだ。見学は製造工程にしたがって麦汁の糖化(麦芽づくりは外製化されおり、伝統的なフロアモルティング方式であることのみ説明)、発酵、蒸留、貯蔵と進む。糖化の工程では円滑に糖化させるための水温の管理について詳しく述べる。
発酵槽では伝統的な製法にこだわって木桶を使っていること、ビール用とウイスキー用の酵母を併用していると説明されるが、酵母の種類や開発の経緯にはほとんど触れない。発酵中のモロミの試飲を希望すると、目の前で汲み出してくれた。強い酸味がありビールよりもアルコール度数が高そうな印象。これは糖分を最後までしっかりと発酵させている証拠だ。麦汁にはアルコールにしきれない糖分が残るが、長時間発酵させるとこれが乳酸化して強い酸味を感じるようになるのだという。こうしたもろみは一般に蒸留によってクリーンな味わいの酒になる。
蒸留工程では創業時と同じ形状・サイズのポットスティルを使っていること、採取する蒸留液の分量・タイミングなどが丁寧に述べられた。加熱方法はいまでは少なくなった石炭による直火であり、これも伝統的な製法にこだわっているからという。 見学の最後に別棟の貯蔵庫に案内される。
広大な敷地には木々が生い茂り、四二棟が点在している。そのなかでもっとも古い小さな貯蔵庫が見学用に開放されている。樽はバーボン樽とシェリー樽がほとんどで、ごくわずかオークの新樽がある。スタンダードな一二年ものにはバーボン樽とシェリー樽の原酒が九:一、一八年ものは八:二と、おおむねの使用比率までオープンにする。貯蔵庫に眠る樽でもっとも古いものは六四年もの。価格は一本一万ポンド(約二〇〇万円)、五〇年ものでも五〇〇〇ポンドという。
そして、私たちを案内してくれたクリス君は、地元出身でこのアルバイトを五年も続けている大学生。彼が「高品質を追求しシングルモルトを世に広めたグレンフィディックは、ダフタウンの誇りです。効率を追求するよりも品質を優先する姿勢を知っていただいて、多くの人に楽しんでいただきたい」と言う。

美意識を問う酒
グレンフィディックがアピールした風土と技術のオリジナリティを整理しておこう。
風土のオリジナリティと言えるものは水と貯蔵庫の二点である。水源を保護するための広大な敷地と豊かな緑は、それを強く訴えかけてきた。一方で原料の大麦と酵母の産地意識は希薄であった。大麦はスコットランド北部の海岸地区のものを中心に国内産というだけであり、スペイサイドやダフタウンとのかかわりは薄い。酵母についても酒造工場に棲む野生酵母にこだわりを見せてはいなかった。
これらはウイスキーの、穀物を原料とする蒸留酒という性格に起因するのであろう。
技術のオリジナリティという点では、どこまでを「伝統的な手法」とするのか、その判断基準が問題となりそうだ。フロアモルティング方式、木桶による発酵、石炭での直火過熱による蒸留、創業当時と同じ蒸留器などを、グレンフィディックは伝統的な手法としてこだわっていると言った。しかし、さらにそれ以前の手法もあったはずである。また、こうした手法が最終的な酒の質にどのように影響するのか、明確な言葉は聞かれなかった。
こうして、パーツごとにシングルモルトのオリジナリティを見ていくと、比肩するものがないというほどの強さは見られない。ただ、単一の蒸溜所の酒であると自己規定した時に、総体として風土や伝統的な酒であることが伝わってくる。つまり、シングルモルトは作り手の美意識の表現なのである。酒に対する美意識を問うというコミュニケーションのあり方は、すぐれて今日的なのだと思う。

月刊酒文化(2002年10月号)

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