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日本と海外の酒めぐり
ヴェトナムに探る酒文化
ヴェトナムに探る酒文化  
米の焼酎と漢方リキュール
インドシナ半島の酒ジエウカン
 ヴェトナムの酒で忘れてはいけないのが、少数民族がつくるジエウカンという壷酒です。この酒はインドシナ半島の山岳部に広く見られ、糯米などを壷で発酵させただけのシンプルな酒です。ヴェトナムには五四の民族が暮らしていますが、山岳・高原地帯に暮らす民族の多くがこのタイプの酒をつくり、飲んでいると言われます。現金収入の少ない少数民族には、壷酒をつくって卸売りする者が多く見られ、あちこちの観光売店で大小さまざまな壷酒を目にします。
 この酒を試すためにダラットに向かいました。ここはホーチミン市から東に約三〇〇キロメートルのところにあり、かつてフランスが高原リゾートとして開発したところです。現在は野菜や花卉などの栽培が盛んで、日本で売られているチューブに入った練りわさびには、ダラット製も多いのだと聞きました。
 ここにはラット族の村があります。ダラットはラット族の谷の意味ですから、もともと住んでいたのは彼等です。ダラット大学の民族学者レー・ディン・バー先生に同行いただいて、ラット族のリーダーであるリエン・ムトさんのお宅を訪ねました。
 彼は壷酒の製法を丁寧に説明してくれました。家々で微妙につくり方が違うのだそうですが、ムトさんの家では、よく洗って乾かした壷の底に籾殻を厚めに敷き、蒸した米、米麹、ドーンという木の根をつぶしたものを混ぜ合わせて入れます。ドーンの根は齧ってみると朝鮮人参のような泥臭い味がします。そして、そのうえに乾燥したサトウキビかバナナの葉を詰めて、蓋をしてそのまま一〇日間ほどおくと酒になっていると言います。
 さて、実際に試してみます。壷を開封すると、ます口切一杯になるまで水を注し入れます。吸い口のついた長いストローを、壷の底の籾殻層まで深く刺し、強く吸い込みます。ストローも吸い口をつなぐチューブも長くて、なかなか酒を口まで吸い上げることができません。頑張って吸うとよくやく口に甘酸っぱい酒の味が広がります。
 ムトさんは一息飲むと、吸い口を順に回すよう促しました。男も女も関係ありません。酒を提供するホスト役が最初に安全を示すために飲み、後は上下(かみしも)なく自由に飲みます。
 飲み方は基本的にイッキ飲みです。誰かが酒を飲む時には、ほかの人がマグカップに水を満たし壷の上に構えます。酒を吸って液面が下がるとカップの水を壷に注し、常に口切いっぱいにしておきます。つまり、マグカップ一杯相当の酒を吸うまではあなたの番だと言うわけです。バー先生が「壷酒を調べに来た研究者はたいていこれでつぶされる」とウインクします。
 壷酒は一度開封すると最後に酒の味がしなくなるまで飲みつづけます。保存がきかないこともありますが、ふだんは酒を飲まないものの、冠婚葬祭などハレの時には徹底的に飲むという文化が生きているのです。
 皆、いい気分になったところで、ムトさんがゴングを抱えて歌いだします。奥さんや姉妹も加わって踊りが始まります。最後までお伝えしたいのですが、その後のことは残念ながらよく覚えておりません。

ヴェトナムに広がる日本の酒
 最後に日本の酒メーカーの進出についてご報告して、今回のレポートを終わりましょう。
 ヴェトナムには二つタイプの戦略をもって、いくつかの酒造会社が進出しています。ひとつの戦略は、ヴェトナムの良質な農産物と勤勉で安価で労働力を活用して、清酒、焼酎、味醂などの酒類を製造し、日本をはじめとする海外に供給しようというもの。これを代表する企業がホーチミン市のタントアン工業団地(輸出加工区)にあるサンフーズ社です。
 同社を訪ねるとラン副社長とトラング工場長が流暢な日本語で迎えてくれました。近代的な工場は清掃がゆきとどき、整理整頓され、従業員のきびきびした動きは、それは気持ちよく、挨拶の仕方や掲げられた標語などからも、よく訓練された日本の工場のような印象を受けます。
 同社がヴェトナムに進出したのは一九八九年のこと、タイでの味醂醪製造事業を軌道に乗せた実績をかわれて、請われての進出だったと言います。製造品目は味醂の原料となる醪(白酒)、焼酎(甲類・乙類)、清酒等多岐にわたり、OEM(相手先ブランドの商品製造)と自社ブランドで供給しています。
 トラング工場長が麦焼酎と清酒の製造現場を案内してくれました。九五%はヴェトナム産の原料で、日本から輸入しているのは酵母と麹のほか、一部の特殊な容器だけだそうです。醸造機器はほとんどが日本製で、日本人の醸造技術者の指導を受けながら、すべてヴェトナムの青年たちが製造しています。
 原料米はもちろんインディカ種(長粒種)です。数百種類のヴェトナムの米の中から試行錯誤の末に選んだ、もっとも酒造適性のあるものだそうです。年に二回収穫されるため原料米を在庫しておく必要もありませんし、収量も均質性も安定しています。これを液化仕込みで清酒にしていました。ここでつくられた酒は主に日本市場に投入されていますが、強みは一定レベル以上の安定した品質と安さでしょう。それを支えるのは言うまでもなく、日本の一〇分の一の価格で調達できる良質な米と労働力です。
 さて、ヴェトナムに進出している日本の酒類企業のもうひとつの戦略とは、ヴェトナムの国内市場に、清酒や焼酎など日本の酒を投入するというもの。古都フエにあるフエフーズ社がそうです。
 同社はフエの水と米に魅せられ進出を決めたと言います。清酒「越(えつ)の一(はじめ)」と純米焼酎「帝王」などを製造し、ベトナム国内を中心に販売しています。製造量は清酒が一〇〇〇石、焼酎が九〇〇〇石にのぼっています。
 ヴェトナムの清酒市場は未熟で極めて限られたものです。日本人駐在員や和食レストランなどでしか確実な需要は読めません。けれども同社は潜在的な需要は決して小さくないと言います。例えば交通網の整備や冷蔵庫の普及にともない、今、ヴェトナムでも刺身がブームになっています。ちょっとしたレストランには刺身がメニューに並んでおり、和食が好まれる土壌ができつつあります。また、清酒を「おいしい」という方も多いのですが、日本から輸入されるものはレギュラー酒が一・八リットルで五〇〇〇円以上し、一般の人はとても手が出せない状況です。フエフーズ社はこの壁を超えようとしているのだと言えましょう。
 より難しいのは米焼酎のように思われました。前述したように自家製造された安価な焼酎があるうえ、所得の上昇に伴って焼酎を敬遠する傾向があるからです。競合と消費トレンドの両面から障害があるように見えます。
 けれどもここでも同社の見方は違いました。米からつくる透明な蒸溜酒を飲む文化があるため浸透させやすく、経済成長は洗練された日本の焼酎のような酒を好むトレンドを生むと読んでいます。実際、同社の焼酎は一本五〇〇円と高価にもかかわらず、たいへん好調で、業績は順調に推移していました。将来、ヴェトナムで日本の酒が広く飲まれる日が来るかもしれません。

写真提供『週刊新潮』撮影:本田武士

月刊酒文化 2005年9月

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