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日本のドメーヌ型ワイナリー
いま、酒造業を創業するということ
心地よいワインの広場
カーブドッチは株式会社欧州ぶどう栽培研究所が経営するワイナリーである。1992年に社長を務める落希一郎氏が創業し、新潟県巻町でワイン作りを始めた。
園内の1haの畑にヨーロッパ系のワイン作り用のぶどう品種を垣根式で植えることからスタートし、10年を経たいま、同ワイナリーのぶどう栽培面積は、自園で8ha、蒲原郡内の農家との契約栽培が2.5ha、山形に2ha、北海道の余市に13haまでに増えた。遠く余市に畑を持ったのは台風の来襲に備えたためだ。
緑がまぶしい芝生の庭をもつワイナリーには、結婚式やミニコンサートができるホール、軽食堂、メインレストラン、ビア&イタリアンレストランと四つの飲食施設がある。一日一組しか入れないという結婚式は人気が高く、年内の土日は予約でいっぱい。新潟市から車で一時間弱かかり、周辺には何もない辺鄙な場所にもかかわらず、毎日、大勢の来園者でにぎわう。50人を超えるスタッフは平均年齢31歳という若さ。造園や手入れも彼らの手でおこなわれており、30匹ちかい猫がのんびりと暮らす。
売上は昨年実績で3億2000万円。半分はレストランなど飲食部門が稼ぐ。ワイン販売などの物販は消費者への直接販売が8割で、あとは全国に50軒強という特約酒販店と新潟県内の酒販店で販売されている。
ここを訪ねた人はみな、心地よくきれいなことに驚きを感じるだろう。しっかりしたぶどう栽培、のびやかで広い敷地、趣のある建物、よく手入れされた庭、いい食材を使ったおいしい料理、来訪者の選別(団体のバス旅行や子供づれは歓迎されない)、クリーンで管理のいきとどいた醸造と貯蔵の設備。これらはみな、落さんの美意識から生まれている。

ワイン作りの誇りと正義
創業者の落さんは鹿児島県で生まれ、北海道と長野のワインメーカーに製造技術者として勤務したあと、独立して欧州ぶどう栽培研究所を設立した。まったく縁のなかった新潟を選んだのは、自然環境がぶどう栽培に適していたことと、十分な広さの土地を確保できることなどが理由である。ワイナリーではぶどう栽培の効率をあげるためや、来訪者にくつろいでいただく施設を設けるために、「広さ」がたいへん重要な要素となるという。
ぶどう畑にこだわったのは、落さんが「ワイン作りはぶどう作りから」を信念とするからだ。落さんはワイン作りを学ぶためドイツに長く暮らした。ヨーロッパのワイナリーはどこもぶどう畑をもち、栽培にたいへんなエネルギーを注いでいた。ぶどうはワイン専用の品種であり、巨峰やデラウェアなど生食用のぶどうが主であった日本とはまったく違う。
日本のワインメーカーにいたのでは、ワイン作りのあるべき姿と現実とのギャップを埋めきれない。これが落さんが独立を決断した最大の理由であろう。
ギャップとは、たとえばワイン作りの誇りである。日本では、生食用に栽培したぶどうの余剰をワインにすることからワイン作りがスタートしたため、ぶどう栽培への意欲は決して高くなかった。そうではなくワインのためにぶどうを作るメーカーでありたいという誇り。あるいは、ワイン作りに対する強い正義感である。たとえ法的に問題がなくとも、ぶどう果汁やバルクワインなどの輸入原料にたより、ボトリングしただけのワインを国産と言うべきではない。また、ワインは農産物であって工業製品ではないから急な増産はできない。たとえ需要が製造能力を上回ったとしても、自分たちで栽培したぶどうから作ったワインしか売るべきではない。優先すべきは、利益ではなく正義であると。

地元企業への出資要請
創業資金は地元新潟県の有力経済人などからの出資である。落さんの自己資金はわずかであったから、人脈のまったくない新潟で自身の理想を訴えて出資者を募ったのだ。それは、少数の大口出資者の意向で経営が左右されることのないように、小口多数の原則が貫かれた。説得のポイントは、あるべきワイン作りの姿、それは日本で唯一のものとなること、新潟の地域振興に貢献するものであることなどであった。創業してからも銀行から借り入れはできず、数年間は出資を募り増資のかたちで資金を調達してきた。
こうしたかたちで立ち上げたことは、支援者を増やし、人脈を拡大することになった。出資者がワインを買い、紹介し、友人を連れて来訪する。どんどん人の輪が広がっていく。施設が美しく保たれているのは、支援者たちが頻繁に足を運ぶことと無関係ではない。
支援者に自分の語った理想が現実のものになりつつあることを示さねば、経営を続けることはできない。支援者が、出資していることを自慢したくなるようなワイナリーにすることが必須要件であった。大切な人が頻繁に来場するという緊張感は仕事に真剣に取り組む姿勢を育み、彼らを暖かく迎えようとする気持ちがホスピタリティ溢れる社風をつくった。
いま、飲食部門は売上の半分を占めるまでになっているが、最初から狙っていたわけではない。来訪者が増えるにつれて、「ここで食事ができたらいいね」という声が多くなり、それに応えるためにレストランを併設したのが飲食部門のスタートである。最近では宿泊施設を求める声も増えており、近い将来構えることになりそうだという。

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