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麦焼酎の原産地「壱岐」を訪ねる
創業100年を越す伝統−むぎ焼酎「壱岐」
玄海酒造株式会社は、現存する七社の中ではもっとも古い歴史を持つ。焼酎造りを始めたのは、明治27年初代山内為三郎の時で、酒税法施行の6年前となる。現当主は4代目であり、壱岐酒造組合長の任にも就いている。
酒銘も当初は門名(かどな)(屋号みたいなもの)の瀧泉で戦後は昭和49年までは社名の玄海を名乗り、その後現在のむぎ焼酎「壱岐」に改めている。昭和30年頃から貯蔵酒に力を入れており、ホーロータンク・シェリー樽・木樽・かめなどさまざまなタイプの貯蔵酒の在庫を多く持っていて、蔵の敷地の一画にある熟成倉庫の中で眠っていた。樽で貯蔵した場合に焼酎に樽の色が付きすぎると法律に触れるので、長期貯蔵する際には、ホーローに移し替えたりする必要があり、経験上そのあたりが味の決め手になるという。
また、玄海酒造では、22度や27度、33度など世間ではあまり見かけない度数の商品も数多くあるが、このあたりも商品毎にもっともおいしい度数で飲んでもらいたいという造り手のこだわりがうかがえる。

貯蔵酒造りに情熱を注ぐ−壱岐の華
株式会社壱岐の華は、明治時代に小倉から単身玄界灘を渡ってやってきた初代の長田嘉助が、椎木川の畔で島に伝わる焼酎製法と独自の研究により、明治33年に焼酎造りを始めた。現在も同じ川沿いに昭和60年に建てられた社屋兼工場があり、大きな屋外貯酒タンクが遠くからでもよく目立つ。
「当主自ら蔵に入れ」という初代の言い伝えが代々引き継がれて技術を磨いてきた。現在は全量開放タンクによる仕込みとなっているが、仕込み用のタンクを半分地中に埋め込んだり、発酵中も一部は木の蓋で密閉したりとさまざまな工夫をこらしている。近年貯蔵酒の比率を高めており、平成に入ってからタンクを増設して、熟成酒の製造量はこれからさらに増やす予定だという。
説明に立ったのは、四代目にあたる長田浩義専務で、まだ30代の若さである。大分など他地区の麦焼酎では主流になっている減圧蒸留のプラントを平成3年に導入したが、結局使わないでいる。壱岐焼酎独特の米麹に由来する甘みと味わいが出せないからだと専務は言う。また、昨年は創業100年を記念して「初代嘉助」という5年貯蔵焼酎を限定発売している。

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