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賀茂鶴 広島
清酒の高級ブランドはいかに作られたか
廣島酒の東京進出
 この頃、廣島酒も東京に進出を試みる。東京府への移出量(カッコ内は全造石高)は、
大正三年   三八五三石(一五四〇一一石)
大正一三年 三一四八五石(二五一五九四石)
と、造石高は一・六倍にしか増えていないのに対して、東京府向けの移出は八・二倍に増加している。賀茂鶴の東京向けの移出量がどれほどであったか不明であるが、大正末期に造石数は八〇〇〇石に達しており、相当数が東京に向けられていたと想像される。
 この間、賀茂鶴酒造は大正七年に組織を株式会社に改めている。その設立趣意書では、品評会での実績等をもとに国内外での需要は増加が著しく今後も成長は疑いのないところであるとし、さらなる発展には会社組織にして事業規模の拡大を図ることが必要であるからぜひ株式の募集に応募して欲しいとの旨を述べている。
 こうした背景をもって賀茂鶴は戦後、高級酒路線を採用し独自の戦略を展開する。この様子は同社の石井泰行氏(代表取締役会長)へのインタビューによって紹介していく。

第二部 賀茂鶴 戦後の高級路線│トップインタビュー
売場の格式

−今日は、御社のこれまでの製品・販売・ 営業・価格などの政策をお聞かせいただき、 高いブランドイメージがどのように作られて きたのかを考えたく思っております。
石井 先月の月刊『酒文化』でしたか、福光屋(金沢市)さんが銀座に直営の小売店を作られたことを紹介しておられましたね。あれはよくわかるんですよ。メーカーが直営の小売店を出すことは、お世話になっている小売店さんとの関係があるから、なかなかできないけれども、ここまで来ちゃうと。
−格式の高い売場がなくなって、自分でやらざるを得なくなったという意味ですか?
石井 むしろ防衛的なお気持ちではないですか。自分からそういう売場を作ってどんどんやろうというのではないでしょう。
 今は高級店であるはずの百貨店が、新機軸を打ち出せずにスーパーと同じような売場になっています。三越さんなんかが腰を据えてやるというんだったら、うちは本物の売場を出しますよ。張りぼての贋物じゃあなくて、京都の職人に細工させて、金重陶陽や楠部弥弌とまでは言わないけれど本物の器で酒を試していただくような売場を。
 私どもは酒はマスプロに向かないと考えてきました。高級品を手作りで造ることに賭けてきました。そういうものは飲むにしてもしかるべき雰囲気が要る。酒を飲むというのは雰囲気も含めて酒を飲むことです。売るにしても、ただ、売るというのではない。今はなんでも平べったくなってしまっている。
−東京売りの割合はどれくらいですか?
石井 県内と大阪と東京とが同じくらい。東京オリンピックを境に大阪と東京が増えて、あまり変わらなかったんだけれど、このところいくらか東京の方が高くなっているかな。
−東京に進出したのはいつ頃ですか。
石井 大正期に水天宮(東京都中央区)に出張所があったんですが、関東大震災(大正一二年)で焼けてしまって、その後しばらく統制前まで荒井(問屋)さんに売っていただきました。戦時統制で配給制になって、このとき東京割り当てになったのがうちと白鹿さんだったんですよ。これは東京での地盤づくりに役立ったと思います。
 戦後、昭和二四年に出張所を出して、昭和三八年に蠣殻町(東京都中央区)に自社ビルを作ったんだけど、外壁をなまこ壁にしたら税務署が飛んできて「直接小売をするんじゃないだろうね」と散々絞られた。こっちはまったくそんな気はなくて、酒屋らしい建物にしようやというつもりだったのですがね。

地域特約と全国市場
−広島県内は主に子会社の賀茂鶴広島店(全酒卸)さんが卸をしていると聞いておりますが、東京も直売が多いのでしょうか。
石井 特約卸は八田さんと広島酒類さん。あと三越さんは岡永さんの帳合です。岡永さんが日本名門酒会をおやりになる時にうちにもご案内いただいたんだけど、全国に売ることになると地域の特約店さんとぶつかるから、ご辞退申し上げました。
 今、セブン-イレブンさんに小瓶をやっていただいていますが、これも地域割りで特約店さんに帳合を割り振ってるんですよ。一本にして欲しいとだいぶ言われたんだけど、これまでの関係をチャラにするわけにはいかんからね。インターネットで情報が飛び交って、物も縦横無尽に行き交う時代に地域割りもないんですけどね。
−大阪は?
石井 弥谷さんと三陽物産さん。弥谷さんが加藤産業さんと一緒になった時は加藤社長がお越しになってこれまで通り取引をとのご要望をいただきましたが、それはできないことで、私どもは弥谷さんと特約なのであって、加藤産業さんとではありませんからね。うちでお取引いただく時はすべて例外なく二次店から始めて実績を作っていただいて、それから特約にするかどうかを考えます。加藤産業さんにも二次店から始めていただかないわけにはいきません。
 加藤産業さんとは保証金のこともだいぶやりあいました。そんな金を積むくらいならそれを原資にどんどん売るべきだというお考えで、ひとつの筋の通った話ではありますが、他の特約店さんにもしていただいておりますのに特別扱いはできないでしょう。

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