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清酒 郷乃誉醸造元の須藤本家(会員)は、古く平安末期から酒造りをしてい
る日本最古の酒蔵である。元来は武家であり、江戸時代に酒造り代官と称されていたことからもわかるように、そもそもは武士による地域殖産、徴税政策のための酒造りでもあったようだ。現当主で五五代目という、他に類をみないほど長い歴史と伝統のもとで行われている酒造りの考え方についてお聞きした。


米作りの源は 水の守、木の守
上野駅から常磐線特急で約一時間、友部町は辺り一帯豊かな田の広がる穀倉地帯だ。八百年以上続く酒蔵、須藤本家はそんな穀倉地帯の真ん中にある。門の前に立つと、家を取り巻くように繁っているのは、樹齢六百年からの大木。奥には江戸蔵、明治蔵とあり、右手に築一五〇年の本宅がある。しかし五五代目当主の須藤悦康氏(四三歳)は「比較的新しい家ですから」と言う。永い歴史の中、自然のサイクルの中では、百年前は昨日のこと、二〜三〇〇年前でもこの前のことなのだ。
「昔の人はいろんなことを言い伝えてきましたよ。でもそれらは結局永年の経験から出たことで、当たらずとも遠からずと言いましょうか。あながち間違いではないんですよ」須藤氏も祖父からよく木を切るなと言われてきたという。
「良い木があると、水は山を登るというんですね。木の保水力を言っているのですが、確かに良い木がある所には良い水が集まっています」
須藤家もこの言い伝えを守ってきたので、三〜四年前の水不足のときも滾々(こんこん)と水が湧いていたと言う。
「私は、酒造りの出発点は米以前に水だと思うのです。どんなに科学技術が進歩して、水の成分でさえ技術でコントロールできるようになっても、水の芯の部分はやはり変わらないのです。だから技術で水質を変えた水を使っても、良い酒にはならない」
そこで良い水を得るには、汚染がないようにし、木を守っていかなければならない。
「降った雨は何十年も経って、に吸い込まれ水系となって湧き上がります。こうして年を経た水はキメが細かく、たとえ辛口でもキメの細かい酒になる。歴史のサイクルは本当に百年前が昨日なのです。だから一度汚してしまった水、一度壊してしまった生態系は簡単には元に戻らない。私たちは水を守るため に、木を守り、森を守って、目に見えない投資をしているのです」
本宅の周りの大木は、そんな蔵の歴史をじっと眺めているかのようだ。当然須藤本家が酒造りに使っているのも、自然の恵みをふんだんに含んだ伏流水の井戸水になる。

農家とは一心同体で
須藤本家の歴史を紐解いてみると、数ある酒蔵の中でも珍しい生い立ちを持つ。日本一古い酒蔵と言われ、一番古い文献では一一〇〇年頃の酒造祈願の札が発見されている。本業は武士で、元は栃木の須藤村にも山城を構えていた。ではなぜ武士が酒造りを始めたのか。
「武家の政策だったのです。米穀経済というのは、天候などにより不安定。だからその米を酒に加工しておき、米の作柄が悪いときには酒で年貢を納めることにしたのが始まりです」
酒造りに専念し始めたのは、明治時代に入ってからのこと。
かつては土着の人々に土地を貸し与え、年貢が納められなくなれば代わりに納め、飢饉があると救済金を出していた。須藤家のテーマは、当時から地域のためになること、地域を活性化させることだった。
それは今でも変わらない。
「現代の酒造業は、農業と切り離されてきていますが、本来はそうあるべきではないと思うのです。農業と切り離されたところで、誰がどう作ったかわからない米を買って酒を造るのは、ネタもわからず寿司を握るようなものではないでしょうか」
酒造りの中で、米は中核をなすもの。須藤氏は、初めに予定と違った米を使ってしまうと、造りの途中ではもう修正できないと言う。だからこそ原料としての米を吟味することが大切になってくる。
「この酒を造るためにこの水を使う、それに合う米は何かを逆に考えるのです。そして一番合った米を農家に作ってもらう。良い米があるからと、闇雲にそこから酒を造るのではないということです」その考えから、須藤本家では契約農家から酒米を購入している。
「つまり酒造りは米作りで、土作りでもあるのです。農業はそういう意味で、とてもクリエイティブな仕事で、酒造りに大切なものです。農業抜きに酒は考えられない。酒造業にとって、農業は切り離せないのです。だから契約農家に米を作ってもらい、協力できることは何か、協力してもらえることは何かをいつも考えています」
須藤氏にとって、農家に協力できることとは、去年はこういうところが良かったからこんな酒ができたという情報のフィードバックであり、協力してもらえることとは良い米を作ってもらうことなのだ。だから須藤氏は自ら、種籾の段階からいつも長靴をもって農家を周り、田んぼに入って話し合う。思い通りの米を作ってもらうためには欠かせない。
もう一つ、契約農家に原料米を作ってもらうメリットがある。それは高品質の米を手に入れられるということだ。
「実は米の品質検査の基準値というものは、年によって変わるのです。特が次の年は特上になったり、特上が実際に抜いて検査してみると特の品質しかなかったり。だから思い通りの米を手に入れるには契約しかないのです。特上より上、本当の特上が欲しいのですから」農家との一体化を目指しているからこそ、須藤氏は地域の農家の人々に、米作りをしていてよかった、自分達の米でこんなに良い酒を造ってもらえた、と思ってもらえるような酒を造りたいと言う。

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