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もっとも、吟醸酒造りをまったく視野の外に置いていたわけではない。
それは、旧二級酒の品質改善に取り組み始めた昭和四六年のことである。当時の吟醸酒はあくまで鑑評会用の酒で、出品後は特級酒などに混ぜて売られることがほとんどだった。
「吟醸酒はやっとそのころ、ポツポツ売り出すとこが出てきたくらいじゃないですかね。それを売ろうと思って、四合瓶で千円ぐらいの値段をつけたら、問屋さんに呼ばれて、おまえばかなマネするな、なに考えてるんだと怒られましたから(笑)。おまえ、原価わかってんのかと。当時、特級酒でも一升瓶で千二百円程度でしたから、確かにそれは馬鹿げてますよね」
だがこの吟醸酒が、現在の同社の新しい取り組みのきっかけとなったのだ。
この数年前、小嶋社長はヨーロッパ旅行の途中、フランスの超高級ワインセラーとして知られるシャトー・マルゴーを訪れ、ワインにとっての貯蔵・熟成の重要性を知る。そして同じツアーでスイスに行き、レマン湖上でのワインフェスティバルに参加した。
「きき酒したら、渋いし酸っぱいし、まずいわけです。でも、これがすごくいいワインになるんだというわけですね、貯蔵すると」
小嶋社長の頭のなかで、この時の記憶と、売り出しを拒まれた吟醸酒が結びついた。いま売れないのなら、ワインのように長期貯蔵し、熟成させてみようというのである。
貯蔵することで味ものってきて、いいものができるのではないかと考えたわけだ。
同じころに小嶋社長と同じような発想をし、長期熟成酒を造り始めた蔵がいくつかあったらしい。小嶋社長は昭和四三年に史上初めて米が余り、酒造家の主食を使って嗜好品を造っているという負い目が薄まったという時代背景も、長期熟成酒造りが各地で同時発生的に生まれた原因ではないかという。
ただ、貯蔵してはみたものの、当初からうまくいくという確信があったわけではなかった。
「人間でいえば、年とともに円熟していくというように、それなりの味にはなるんだろうなとは思ってましたけどね。でも当時は、熟すというのはヒネるということで悪い意味なんです。ところが、吟醸を何年か貯蔵してもヒネが全然出てこないわけです。それでだんだん確信に近くなっていったんです」
そして、昭和四六年に仕込んだ秘蔵っ子を、二〇年を経た平成三年に初めて世に出した。価格は、四合瓶で三万円。当初の動きは鈍かった。
ところが、ある日を境に羽が生えたように売れ始める。きっかけはある酒蔵が同じ二〇年物を七万円で発売したという新聞記事が載ったことだった。こうして同社の長期熟成酒は、見事に市場の一角を占めることに成功したのである。
ただ、この長期熟成酒はまだまだ未知数の部分を多く持っている。同社では普通酒は貯蔵による熟成に適さないと考え、吟醸酒を貯蔵して熟成させているが、最近ではあえて七〇パーセントほどの精白度数の低い米を使い、ゴツゴツした酒を造っておいてそれを年月で枯らしていくという発想もあるらしい。
「それはいろんな形があっていいと思うんです。いま吟醸酒は扇の要のようにみんな同じようなところを目指すようになっていますが、熟成酒は逆に扇を広げた形にいろいろなものが出てきています。
ただ、貯蔵コストがかかりますし、正直なところまだ本当に売れるかどうかはわからない。いまのところ、この長期熟成酒に重点を置くというより、製品に幅と奥行きを持たせるために、こういう酒にも取り組んでいくというスタンスです」

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