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立ち呑み屋とは?
 よく酒飲みということで「いい居酒屋は」と聞かれるが、チト自信がない。つまり椅子ありではなく、椅子なしのジャンルを得意とする私。だが考えてもみよう、もともと酒屋は樽から酒を計り売りしていた。ところがその場で飲ませるようになり、簡単な肴のようなものも出し始めたのが居酒屋の起源。「居ながらにして酒が飲める」酒屋がルーツではないか。つまり酒屋の立ち呑みの発展形が居酒屋ということか。
 もともと酒は一族朗党酒を酌み交わすか、晩酌。不頼の徒や無宿人、さらに奉公人は普段、酒にありつけない。「居酒屋」はまさにパッと開いた酒のパラダイス。ではなかったか。
 私は大阪にきて三〇年になる。どうも「居酒屋」と言うより「赤ちょうちん」「縄のれん」の言い方の方が好き。何か暮らしの息吹のような感じがいい。酒仙の俳人、種田山頭火の世界の中核をなす「ほろほろ酔う」精神に近い味わいを感じる。何か「居酒屋」と聞いてイメージするのが、頼みもしない「突き出し」。縁の欠けた御影石模様のプラスチック鉢、タバコの焼けこげのついた中にぼろ布のように干からびたひじきの煮付けを押しつけられる悪夢がよぎる。粋な伝統の居酒屋を擁する江戸の酒徒には無縁の事と思うが。
 関西でも大阪の明治屋、神戸の森井本店などが有名だが、このあたりのはいくらでも世に出まわっている。「居酒屋本」「グルメ本」に任せよう。私がこれまで「酒屋の立ち呑み」を求めて彷徨った中で、ふと迷い込んだ路地の傍らに、潜かにたたずむ味のある居酒屋をすこし紹介するとしよう。
 まずはこの店から。私がこれまで入った居酒屋でいちばん好きだったのは大阪十三「つる糸」。繁華街のちょっと奥。気さくなママが切り盛り。ちょうどママが主人を亡くした頃からこの店を知る。
 この店の自慢は「納豆」「小鰯の天ぷら」。味はどちらも絶品。納豆は大粒のいかにも納豆らしい納豆。これを塩で食べるのがこの店の流儀。小鰯はガスコンロに乗せた大きな天ぷら鍋でからりと揚げて大葉に包んで出してくれる。毎日食べても飽きない味。酒は池田の「呉春」。普通の二級を軽いアルミのタンポで一合ずつ湯煎で燗をつけてくれる。これを小ぶりのガラスコップで飲む。「アルミタンポ」、「ガラス小コップ」、「呉春」、「ぬる燗」のコンビは絶妙。これぞ、居酒屋での究極の到達点ではないかと思う。

浪花の余裕か?
 店の造作、調度より、先ず一番の基本である「美味しく酒を飲ませること」にこだわる。これこそが居酒屋の原点ではないか。この「つる糸」の姿勢、何の気取りも気負いもない。愛想のいいもてなし。「旨さ」「安さ」にこだわった店だが凛とした風格。客に能書きをたれるでもなく、押しつけるでもなく。江戸好みで、自己のスタイルを貫く店も惹かれるが、「酒の本質」にとことんこだわり、あとはまあほどほどに。余裕のあるこんな浪花風の安らぎの店もいいもの。
 ところがある時から「呉春」が異常人気となる。古くからのなじみのこの店ですら、通常のルートでは手に入らなくなる。だが金に任せて高く買い、高く売ることを潔しとしない「つる糸」。先ず「客のふところ」を考えた。賢明なことに「呉春」に変わる酒探しの道を選んだ。ある時は黙って、そしてある時は初めに告げ、営業をしながらの味覚テストを始めた。
 一連の看板酒探しで見事に選ばれた酒は、丹波の地酒「鳳鳴」。丹波篠山の地酒では「小鼓」が有名。「鳳鳴」はあまり知られていない。だが私は以前からこの酒が好き。「小鼓」のような、どちらかというとすっきりした味でなく、芯のしっかりした深い味わいの酒。「小鼓」が「文人墨客」なら「鳳鳴」はさしずめ「古武士」の風格か。
 この酒に替えてしばらく通っていたある日のこと、ママは嬉しそうに言う。「今度の酒の方が美味しいと言ってくれる人が多い」と。確かにどうしても「呉春」でないと、という人用に一時期置いていたが、その必要もなくなったと聞いた。「無理に手に入れた酒を高い値段で客に出す。それは客のためではなく、自分のため。つまりは店の勝手である」ということをこの店は教えてくれた。
 ある日、この名店、ひっそりと消え入るように店を閉じた。いまだ、「つる糸」のアルミタンポから小さなガラスコップに注ぐ心地よい感触を手が覚えている。

ここが自分の標準原器?
 次は、私の生まれた九州の地。長閑で温暖の里、日向は宮崎駅前。地鶏炭焼きの「吾愛人」。これを「わかな」と読む。
 色黒で強面の主人が苦虫を噛みつぶしたような顔をして鶏を焼く。床に置いた七輪に溢れんばかりの炭が熾る。アルミのトレイに山盛りの鶏肉を素手で鷲掴みにし、一応定量を計る。間髪を入れず、七輪の網に乗せ、豪快に焼く。油が滴り、ボーボーと油煙を上げる。この油煙が独特の黒い焼き色となる。それを横長で深いカレー皿のような物に山盛りにして出してくれる。固くコリコリした歯触りが何とも言えない。固いのに、歯切れがいいのだ。串に刺して焼くヤワな味とは一線を画する。素材はいいが、やたら上品に焼き上げる「名店の味」とも異なるのだ。
 ここで飲む焼酎は都城の「霧島」、芋焼酎。私はこの銘柄が一番口に合う。両親の故郷である大分県は国東半島。小さい頃、連れられて行った祝儀や法事で、子供ながら勧められ舐めるようにして口にした「西の関」。この酒の味が私の日本酒の基準点。つまり標準原器。この酒の味を中心に日本酒の味を比較できるので都合がいい。頭の中には「西の関」を中心にした酒地図が出来ている。同じように焼酎では「霧島」。大分は県南、佐伯市の隣は宮崎県。「いいちこ」などない頃、焼酎と言えば「ダイヤ焼酎」か「霧島」だった。


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