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居酒屋にススメ
宮崎焼酎が一番?
 この「霧島」、芋なのにスッキリとしていてそれでいてコクのある味。一万円もするプレミア焼酎も確かにうまいが、あまり興味はない。高価な焼酎を水のように薄めて飲むより、安くてうまいのをグイとあおりたい。舐めるように飲むのはウイスキーの専売特許でいい。何せ焼酎は味わうのではなく、「気合いで飲む酒」なのだから。高級タイプ、長期貯蔵、樽貯蔵は確かに焼酎の進化だが、逆に「焼酎本来の心意気」を失って失遂する道を進んでいるのかと思ったり……お、脱線。店に話を戻そう。
 ここの主人、愛嬌はないがウィットに富んでいる。いつだったか、この店にメニューの貼り紙。「関アジあります」。でもやたら安い。「これはいい」とさっそく頼む。味はまあまあ。主人に「これ本当に関アジか」と聞くと何とも面白い返事が。「自分の舟で日向灘に漁に行ってアジを釣り上げた。釣ったとき、よく見たら頭が鹿児島の方を向いていたからこれは佐賀関から泳いできた関アジに違いない」。なるほど、と納得してしまった。
 またこんなこともあった。この店のキープは ほとんど一升瓶入りの「霧島」。三人で飲みに行って新しくキープした瓶を、厚い天然木のカウンターに勢いをつけてドーンと置いた。そのとき、何と瓶の底が抜け、あたりは大洪水。カウンターからまるで滝のように流れ落ちる。私と隣のK氏は膝から下がびっしょり。慌ててタオルで「ズボンが飲んだ」焼酎を吸い取らせる。ああもったいない。だが二人ともひるむことなく飲み続けた。そのあと、ホテルでズボンプレッサーを借りた。これはアルコールクリーニングをしたようなもの。こぼす前よりスッキリした。日本酒だったら大変、ベタベタドロドロの地獄絵図になっていただろう。あらためて焼酎で良かったとしみじみ思った。「霧島」、バンザイ。
 この店の客は良く飲み、良く喋る。傍目にも気持ちがいい。ある日の事。腰が立たなくなるまで飲んだ客、主人は「ああ、またか」といった感じで事務的に奥方に電話。ほどなく人通りの途絶えたアーケードにスルスル車が乗り入れる気配。「いつもすいません」と言うが早いか、両の手を後ろから差しのべ、ムズと旦那を羽交い締めにする。間髪を入れずに傍らの客が椅子を横にずらす。奥方は旦那をズルズルと引きずり、あらかじめ開けてあったドアから乗せ、再び静まったアーケードに静かに滑り出した。何だか都会では考えられないような不思議な光景を目にした。短編ドラマを見終わった興奮がそこに残った。おおらかな風土のおおらかな飲み方は輝くばかりにうらやましい。さすがは焼酎アイランド日向。
 意外と知られていないが、九州のなかでも最もバリエーションに富んだ焼酎文化を誇っているのは宮崎。奥が深い。宮崎焼酎こそが日本一であると信じて止まない私である。

居酒屋の美学?
 最後は博多の酒房「やす」。博多祇園山笠の幹部の経営する店。九州を代表する料理研究家「山際千津枝先生」を案内し絶賛された店。まるで山笠の規律で動いているような店員の立ち振る舞いは、まさに美学。肴は全て「輪郭のくっきりした」見事な味。
 なかでも圧巻は酒の燗。吟醸ブームの悪弊か、やたら冷やした酒をグラスで飲ませる吟醸酒場もどきの店に間違って入ろうものなら、聞きたくもない能書きを聞かされた上、ひねた中吟クラスの酒を七勺六〇〇円位で飲まされたり。あきらかに「ぬる燗」がおいしい銘柄を見つけて、燗でも頼もうなら。「うちは燗は出来ません」の一点張り。決まって藍色の作務衣を着ていたりするから余計に腹が立つ。要は酒の燗が面倒なだけ。従って燗の技術も腕もない。せっかく花開いた吟醸文化が伝統の燗文化をつぶすのはあまりに惜しい。吟醸文化の草分け、「西の関」の萱島須磨自会長は「西の関の美吟はぬる燗でも美味しい」と何でも冷やして飲む風潮に一石を投じている。
 酒の味にこだわる人向けにはこれまでは「何でも冷やして飲む」吟醸酒、がもてはやされたが。これからはぬる燗で美味しい純米酒の時代が来ると思う。余談だが私の好きなぬる燗で飲む酒は「手造り西の関純米」「右近橘純米」「吟造り美少年」「コープ神戸虹の宴純米(木村酒造)」。

醸される「気」の心地よさ
 さて本題に戻るが、佐賀は「窓の梅」社長の甥にあたるK氏と同行。彼は酒の燗には一家言があり、やたらうるさい。酒の銘柄は忘れたが、確か「繁桝」ではなかったか。一合徳利のぬる燗を注文。見れば店員が注文取りの傍らに湯せんで都度の燗、これは興味津々。お、来た、「どうだ、温度は」と聞くと、すかさずK氏「見事、ピッタリ」。もう一本頼んでみよう、「同じ温度でもう一本」。賄いのところに目を移すと先ほどの店員が作業をしながら傍らで湯せん。温度を測っているわけではない。お、来た、「どうかね、温度は」、言うまでもなく「ピタリ」とK氏。いや、すごいなぁ。でもまぐれかもしれない、もう一本頼んでみよう、お、来た来た、三本目。二人ともほとんど同時に喜びと驚きの言葉を。「ピタリ、見事だ」燗番がいるわけではない店。ついでにやっている燗でこれほどの名人芸を見せてくれるとは。
 居酒屋の魅力は結局、主人の魅力と、その主人の磁力に吸い寄せられた客の醸し出す一種の「気」のようなものではないか。居酒屋は日本酒という発酵文化にふさわしい場であり、器である。酒場では「酒」や「肴」の話をするのはほどほどに「人生の機微」にまつわる話で杯を酌み交わすのが本来の醍醐味ではないか。「人生の機微」という酵母に醸し出される珠玉の時間を楽しむ贅沢。まず、風土があり、ここに人がいて、この場を盛り上げる酒がある。シンプルに考えれば、これが居酒屋の原点ではないかと思う。風土や人と無縁の「いい居酒屋」は存在しない。存在出来ない。居酒屋は一種の「日本的不思議」をはらんでいるから。

【プロフィール】
伊藤博道(いとうひろみち)
1949年大分県佐伯市に生まれる。
1971年関西で立ち呑み探訪始める。
2000年HP『だいこんおろし』に「立ち呑みの流儀」連載中

月刊酒文化 2003年9月

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