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焼酎を訪ねて
  九州山間地を行く


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粕取焼酎を現代に生かす

北海道の大地で育った酒

美ら島酒紀行 メーカー編

美ら島酒紀行 飲食店編

観光資源としての
  酒文化 下


観光資源としての
  酒文化 上


南国土佐に「酒の国あり」

大信州(長野)
  「長野の酒」からはずれを
  なくす


初孫(山形)
  機械と手作りを
  融合させた新工場


阿蘇の名水生まれの酒

若鶴(富山)
  濃醇な無濾過生原酒で
  おいしさを追求


奥越前(福井)
  名水と酒米の里の酒


自分のワインを造りたい
  −各地で生まれる
  ドメーヌ型ワイナリー


美の川(新潟)
  新潟酒の個性派


山田錦のテロワール1

山田錦のテロワール2

機山ワイン(山梨)
  風土を生かした
  ワイン造りへの挑戦
日本と海外の酒めぐり
南国土佐ほろ酔い紀行
北海道の大地で育った酒
《北海道開拓と北の誉・男山の沿革》
18世紀後半 北前船が盛んになる
明治2 1869 蝦夷地を北海道と改称。開拓使設置
8 1875 屯田兵の入植が始まる
13 1880 小樽ー札幌間で鉄道開通(日本で3番目)
22 1889 上川道路(岩見沢ー旭川)開通。上川地方の本格的開発が始まる
25 1892 道内人口が50万人
26 1893 日本銀行小樽派出所開設
27 1894 小樽の鰊の水揚げ量がピーク。この後、急減し昭和30年には姿を消す
32 1899 男山株式会社(旭川)創業。旭川に近衛第7師団が設置。小樽港が国際貿易港に指定
34 1901 北の誉の創業。道内人口が100万人
39 1906 道産米約24万石
40 1907 北の誉が旭川に酒造工場建設
大正3年 1914 北の誉が札幌に酒造工場建設
9 1920 道産米約120万石
13 1924 金解禁など経営環境の変化をうけ北海道の焼酎会社4社が合併し、合同酒精が誕生
昭和前期 1940ごろ 植民地の開拓と戦争に働き手をとられ農村が疲弊。農地面積は昭和13年がピーク
22〜25 1948ごろ アメリカ主導の農地解放で全小作地の92%を開放。小作農⇒自作農の革命的転換
38 1963 第2期総合開発計画(〜1970年)。米の生産量が全国一位に
42 1967 北の誉が東京営業所を設置、東京進出を本格化
43 1968 男山が酒造り資料舘を開設(旭川)
47〜48 1972ごろ 北の誉の製造量がピーク(約10万石)
48 1973 男山が全国酒類品評会で全国一位
51 1976 男山が全国酒類品評会でダイヤモンド賞受賞
52 1977 北の誉が仙台に営業所を開設。男山モンデセレクションに初参加し2004年まで連続受賞
53 1978 男山が日本橋高島屋で1升1万円の酒を販売し評判となる
60年ごろ 1985ごろ 男山が日本名門酒会とともに海外に進出
平成2年 1990 北の誉が第72回南部杜氏自醸清酒鑑評会で「優等賞1位」により大蔵大臣杯を受賞
8 1996 北の誉が工場を改修、酒泉館を開館
15 2003 男山がインターナショナル・スピリッツ・チャレンジでゴールドメダルを獲得

月刊酒文化 2005年 3月

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