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戦争がもたらしたd米の地位
昭和17年、戦時下の統制で県外からの米の買い付けができなくなり、灘の蔵元はその酒づくりをすべて兵庫県内の米でまかなわざるを得なくなった。山田錦に否定的だった蔵元は、同じ播州米でも、せめて造り慣れた雄町か野条穂、弁慶などにしてほしかったに違いない。
酒づくりは、職人の技に依存するところが大きい。杜氏は造り慣れたものを望み、米が変わることを嫌う。思うような酒ができなかったり、腐造という最悪のことを考えれば、それは当然であろう。しかし、産地は一致して栽培のしやすい山田錦にこだわり、ついに蔵元が折れた。
結局、強制的に山田錦を使うしかなくなって、使ってみたら造りやすいうえ、いい酒ができたというのが本当のところなのだろう。
酒米を変えることは造り手にとって大きな冒険である。酒米の成分や形質のどの部分が、酒づくりにどのように影響するのかは十分に解明されていない。さらに清酒は最終品質に及ぼす技術の影響が大きく、これは酒米と一対のものとして研鑽されてきたものだ。よほどの理由がなければ、使用する酒米をがらりと変える決断はできない。
こうして、戦争という不幸なできごとがきっかけで、山田錦はようやく灘のP米の地位を手に入れたのである。
もっとも、酒米自体の生産はこの頃、一気に減少していた。日本中が戦時体制にあり、働き手は戦場へと駆り出されて米の生産そのものが落ち込んでいたのだから当然である。しかも昭和18年からは、統制で酒造好適米に対する格差金が廃止され、収量の少ない酒米から一般の食用米へと転換した農家も多かった。
この頃、灘の蔵元は、県内の農家に酒米の生産を続けてもらうために、報奨酒制度を設けていたという。
これは、酒米の出荷量に対し、それに見合った清酒を農家に渡すというもので、清酒の入手が非常に困難だったことから、一定の効果を上げた。
昭和20年、長かった戦争が終わり、徐々に食糧事情が回復してくると、酒米の需要が増加する一方、清酒も出回りはじめて報奨酒制度の魅力は弱まっていく。
そのため、優良な酒米のほしい蔵元と、伝統ある酒米づくりを続けたい農家との双方から、格差金の復活が要望された。戦前は格差金といっても、単に蔵元が一般の食用米より高く買い上げればよかったが、当時の食管法のもとではそうはいかない。
兵庫および大阪、岡山、広島などの各府県の農業団体関係者などが国への陳情を繰り返し、昭和25年、国は酒造好適米への格差金の設定を決めた。
この時、もっとも高かったのが岡山産雄町で400円〜500円。それに対し、兵庫産山田錦の格差金は300円だった。これは、雄町が全国的に知られた酒米だったのに比べ、山田錦はまだまだ知名度が低かったからといわれる。
とはいえ、わずか9年ほど前まで、摂津米に一段劣る掛米に過ぎなかった山田錦は、この時、日本でもトップクラスの酒米として、全国的に認められる存在となった。当初はその資質に疑問を持っていた灘の蔵元も、山田錦を使いこなす技術を確立したこの頃には、あえて他の米をP米に使う理由はなくなっていた。
さて格差金についてはその後、戦前の「村米格付表」(図表1)をもとに、同じ兵庫県産山田錦にもランクがつけられ、現在ではさらにAのaからAのb、Aのcの三地区にクラス分けされている。
Aのaとは、美嚢郡吉川町、同東条町、三木市口吉川、加東郡社町の一部を含む地域。別名「特A地区」と呼ばれ、いわば最上の山田錦の産地として、全国の蔵元の垂涎の的となっている。



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