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清酒のルーツは中世・奈良の僧坊酒。談山(だんざん)神社の多武峰(とうのみね)酒などと並んで、正暦寺(しょうりゃくじ)が発祥地の一つだ。四年前に酒文化研究所では、「旬のお酒と文化を楽しむ会」をここで催した。
今回は草野権和(酒文化の会会員)さんが、奈良に酒文化を訪ねる。


濃醇で何とも言えんおいしさ
京都で近鉄に乗り換えて、特急で西大寺まで。西大寺からは各駅停車。筒井でバス。法起寺や中宮寺を瓦屋根の右手に思い出しながら法隆寺前で降りる。ここから南にゆっくり歩いて「ももたろう」−というのが、初日のコースである。十数年前、何度も往き来した斑鳩(いかるが)を、今はお酒の古里をたずねる旅の空。ひとすじ胸の底を走るものがある。
さて、目指すももたろうは、鬼カ島ならぬJR法隆寺駅に近い酒屋さん(酒文化の会会員)のこと。ご主人の杉本憲司さんが待っておられるはずである。
−こんにちわ。
毎日のように、自転車で通った懐かしい商店街に、小綺麗なお店ができていて、店番するのは秋篠の伎芸天の親戚みたいなぽっちゃり奥さんである。
阪神大震災のボランティアとして、今も毎週神戸に通っているという杉本さんから、1)斑鳩の田んぼで有機栽培の米を作り、それで酒をこしらえたい。2)レンゲからは蜂蜜を。3)さらにここの大豆で醤油をしぼりたい、という夢をうかがっているうちに、大和高田で「ワインプラザマツムラ」(酒文化の会会員)を経営する松村好高さんの顔があらわれた。
−そもそも奈良には蔵元はいくつあるんですか?
「44あります。酒の銘柄は52ですけどね」
県内の蔵元はほとんど訪ね歩いたというお二人は、ともに39歳。松村さんは四代目、杉本さんは六年前にオープンしたばかりの初代である。
「ところが、そんなに蔵元があるのに、奈良県人は四人に一人しか奈良でできた酒を飲んでいないんですよ。そればかりか、奈良が今の日本酒の発祥の地やということも知らんのです。奈良の酒は濃醇でじつにうまいんですがね」と杉本さん。
「いや、恥ずかしながら、私も知らなかったんですが、これからは酒屋ももっと勉強せんといかんと思います。私らは勉強していいお酒をお客さんに知らせ、蔵元は蔵元で桶売りへの依存から自立していくほかないでしょうね」と言うのは松村さん。それを受けて杉本さんが
「私は、名酒というのはなにより地元で愛される酒だと思うんですよ。だからたとえば地元でも買えないマボロシの酒なんていうのは信じません」
奈良にこんなにいい酒があるということを知らせるのが地元の酒屋の使命だと二人は言う。
「周りの状況が厳しい分だけ、頑張りがいがあります。レッテルではなく、自分の舌や口でお酒を飲んでくれる人が一人でも二人でも多くなれば」
「お酒を売る仕事には夢を売るようなところもありますから」「お客さんにお酒の出来方、造り方だけやなしに、熟成によって味がうんとよくなることも知らせたいんです。これからは日本酒もヴィンテージの時代やと思いますからね」
二人とも蔵元と契約して、オリジナルな酒を造ってもらっている。
−ところでお二人のお好きな酒と肴(アテ)は何ですか?
「酒はやはりうちが頼んで千代酒蔵さんに造ってもらっている『斑鳩の里』と、『梅乃宿』の〈尚〉ですかね。アテは京都・永楽堂のミョウガの漬物で」(杉本さん)
「私は『梅乃宿』の63BY(ビーワイ)の大吟醸の原酒です。アテは生駒(いこま)の豆啓(まめけい)という豆腐屋さんの汲み出し豆腐が一番ですね」(松村さん)
−その、長い名前のお酒はどこで売ってるんですか?
「うちの店だけです。値段はお客さんと相談。昭和63年の備前雄町(びぜんおまち)でこしらえた斗瓶(とびん)とりですわ」
なるほど、これからは日本酒もヴィンテージとおっしゃるだけのことはある。
−あなたにとってお酒とは?
「こころ、です」(松村さん)
「人生そのもの、というか、うーん……」(杉本さん)
ありがとうございました、と言っておいとましたこの晩、天王寺の宿で味わった『斑鳩の里』は、熟した女の香り(?)がして、米の粋が口の中にふわぁっとまとわりついた。


富本憲吉は酒嫌い。しかし夫人は……
翌日は、斑鳩町の隣の安堵(あんど)に富本憲吉(とみもとけんきち)記念館をたずねた。館は大和川(やまとがわ)のほとり、すでに生誕百年を越えた陶芸家の生家の跡地に建っている。目的はひとつ、富本の酒について聞きたかったからである。しかし旧知の館長代理・山本茂雄さんのことばは、つれなかった。
「富本はお酒は一滴も飲まなかったんですよ。たしか『私は学生時代から酒は飲まないし、女遊びはしないし、友達と遊び回ることもしなかった』と回想している文章がありますよ。弟子の近藤悠三とか吉田隆さんとかは大酒飲みですけど、富本はむしろ酒が嫌いだったらしい』
そうですか、としょんぼりしていると、「でも、一枝(かずえ)さんは飲んだみたいやね」一枝さんというのは、大正三年に富本と結ばれた夫人である。結婚前は『青鞜』のメンバーとして活躍、平塚らいてうの恋の相手として噂になったり、「吉原登楼」「五色の酒事件」などで知られた尾竹紅吉(おたけこうきち)のことだ。
「一枝さんは一生瓶をかたわらにおいて、湯呑みでぐいぐいというタイプだったと思います」展示品をながめ、やはり大和時代のものが好きだな、と思いながら、山本さん自身のお酒について訊いてみる。
「僕は食いしん坊だから、おいしいものが出たら飲みたくなります。肉ならワイン、刺身には日本酒。あるいは眠れない時はブランデー。日本酒では地酒の変わったのが楽しみたいですね。それと、一言いいですか。寿司屋はビールを用意するな、と言いたいですな」

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